21. 大黒蝗の呪い
― 前回のあらすじ ―
出花隼は「在りて在る者」に願い
深淵の天使アバドンをその身に宿すと
黒き蝗の群れを吐き出した
睦樹たちは全力で逃げ出す
どこまでシンを戻すか、大蝗から逃げながら考える。
狗神の八郎丸は露払いしてくれてるし、ヤドゥルの護衛としても必要だから、何とかギリまで居てもらおう。
ベトベト―ズはすでに瞬間移動で、森の入口で待っている。
とりあえずピクシーたちはみんな戻そう。
蝗になんか噛まれたらすぐ死んじゃいそうだ。
見ると、エルダー・ブラウニーのともぞうさんは、ブルーベルとコロンバインに手を繋いでもらい、こっちを向きながらぶら下がって飛んでいる。
(ピクシーたちみんなと、ともぞうさん……)
(ちょっと待ってマスター!)
彼女らを戻そうとすると、コロンバインが遮った。
(あたしたち、まだまだお役に立ってよ)
(そうです。とってもお役に立ちますのよ)
(わしも、カンビヨンのキーイングから皆を守っておるのじゃ)
(今お見せしますわ、わたくしたちの力を。よろしいかしら?)
(やってくれ)
(お姉さま!)
(ええ、いきますわよ、コロンバイン!)
手を離してブラウニーを落とすと、ピクシーたちが揃って空中で踊る。
すると、猛烈な吹雪が頭の上を吹き抜けていった。
後から雪片がヒラヒラと落ちてくる。
雪とともに地面に落ちたエルダー・ブラウニーのともぞうさんは、けっこうな速度で駆け抜けて行った。
振り向くと、無数の黒いものが風に煽られて木や地面に叩きつけられ、冷気に凍えて地面に落下していった。
これは昆虫系モンスターとの相性バツグンだ。
残った虫どもも、追い打ちをかける優しい眠りの春風によって、バタバタと落ちていく。
それでも敵は数で勝負だ。
魔法をかいくぐった数十匹が、俺たちに迫る。
しかし、その多くがヤドゥルの魔法障壁に思い切りぶつかって、飛翔できないくらいのダメージを受けて落ちていった。
数匹が俺たちを追い抜いて、ダニエルのシンに向かうかに見えたが、Uターンして、俺たちに襲い掛かった。
八郎丸が目にも止まらぬ速さで、四匹ばかりを切り捨てる。
三匹が背後から、アーク・インプの火弾で燃やされた。
俺は金属棒を小刀に実体化させ、残る黒蝗を迎撃。
その大きさは自販機のペットボトルくらいあり、齧られたら確実に痛いどころの話じゃない。
一匹を切るが、二匹目は腕のアーマーで受けてから刺殺した。
しかし、三匹目は、火弾の炎の影から現れ、俺は不意を突かれてしまった。
咄嗟に刃を向けるがそれもすり抜け、不快な翅音と共に俺の首に齧りついた。
「いってええええええ!」
隠世では痛みは緩和されるのに、猛烈な激痛だ。
俺は蝗をつかんで首の肉がちぎれるのも構わず引きはがし、地面に叩きつけて踏みつぶした。
しかし、痛みは弱くなるどころか増していく。
激烈な痛みが、首から肩へ、背中へと広がっていった。
「主さま、皮膚が黒変してますの! 回復薬を!」
俺は回復薬を首に振りかけ、解毒薬も飲んで、さらに首にも振りかけた。
「ぐああああっ!」
薬が沁みるのが、めちゃくちゃ痛い!
(首の皮膚は戻って出血も止まったよ。でもまだ毒……じゃないね、呪いが残ってるようだ。やっかいだね)
「黒変が広がるのは止まりましたですん。でも、まだ黒いのは残っているですの」
「くそおおおお! めちゃくちゃ痛いいぃぃぃぃぃ~~~!」
しかし、足を止めるわけにはいかない。
背後から巨体となった出花が、ズシンズシンと足音を響かせやってくる。
ようやく俺たちは森の入口に達した。
ほんの短い距離なのに、ものすごく長く感じた。
「ダニエルのシンたち、お前たちも一緒に逃げるぞ!」
ベトベトーズにサマンサを担がせて、さらにエレベーター・ホールのある広い庭園へと駆け抜けていく。
出花の3メートルの身長だと、森の通路では屈まなくてはならず、スピードが落ちるだろう。
アバドン隼は入口で立ち止まると、屈んで進むのではなく、またもや蝗を吐き出した。
これ以上痛い目に遭ったら気を失いそうだ。
「スパム、炎はちょっと待て、先にピクシーたちにやらせる」
ふたたび吹雪が大蝗たちを襲った。
通路が狭いので避けられず、ほとんどの蝗がその餌食となった。
残ったやつを、アーク・インプの火弾が焼いていく。
これは出花の選んだ手が悪くて助かった。
俺たちは森の小径を抜けて、広い庭園に出た。
俺は黒変の影響で呼吸も乱れ、ズキズキした痛みで頭がクラクラする。
「ダニエル! 迎撃は無理だ! エレベーターで逃げるぞ!」
と、呼んでみたが応えはない。
「マスター、ダニエルのやつ、どこにも居ないのよさ!」
「なんだってーーー!!!!」
あまり遮蔽物がない上に、こちらの方が高台になっていて見晴らしが良い。
確かに見渡してもダニエルの姿がどこにもない。
クソ、こっちは激痛に耐えて頑張ってるのに、どこに行ったんだ?
まさか下の階に逃げたってことかい?
「でも、あいつエレベーター使えないって言ってたよな……」
この隠世屋上には階段が無かった。
つまりエレベーターが使えなければ逃げることができないはずだ。
そこで俺は、嫌なことに思い当たった。
今すぐエレベーターの利用券を確認しなくては。
あのときダニエルが見せてくれと言って、わずかな間だがそれを手渡した。
その後ロクに確認もせずに、俺は利用券をしまったのだった。
俺はポーチから利用券を取り出して確かめた。
そこには[利用回数券]とあり、[残回数0/10回]と記されていた。
「やられた!!」
あのときすり替えられたんだ。
「クソ、なんてこった! イテテテテ……」
痛みもストレスで倍増とは言わないが、二割増しな感じだ。
俺たちには逃げ場がない。
ここで踏みとどまって戦うしかない。
となると、広い場所では不利だ。
「みんな、森の小径の入口に戻れ! そこで迎え撃つ!」
俺はダニエルのシンにも、お願いするつもりで訴えた。
なにせ奴のシンも見捨てられたってことになる。
走りながら、バーゲストのギネスが、訥々(とつとつ)と話してくれた。
「ヲレラ、ムッキーニ、シタガウ、マスターニ、イワレタ。ヲレラ、ソウスル」
シンを置き去りに、自分だけ計画的逃亡確定だ。
「お前たち、それでいいのか? 置き去りにされたんだぞ?」
「ムッキー、強イ、ヲレラ、イッショニ、ガンバル、マスター、キット、モドル」
くそ、健気な奴め。
「分かった、一緒に頑張ろうな。八郎丸と二人で先に行って、防衛ラインを確保してくれ!」
「ワン!」
「承知ナリ!」
俺はギネスと八郎丸を先に行かせておいて、独り毒づいた。
「クソ、ダニエル張め、生きて帰れたらぜってー殺す!! 殺す前に大蝗に食わせてから殺す!」
ヤドゥルとピクシーが聞いてるけど。
「大丈夫ですん。主さまは死んでも現世に戻るだけですの」
そっか、死んでも平気だった。
でも死ぬの痛いし苦しいだろうし、トラウマにならんか心配だ。
それに記憶喪失のペナルティも付くじゃないか。
それでダニエル逃亡の裏切りを忘れちゃったら、ちょっと笑えるな。
「ヤドゥルは死んだらどうなるんだ?」
「大丈夫ですん。そうなる前に、エーテル体を棄ててアストラル体になって、屋上から離脱するのですの」
「そうか、ぜったい死ぬなよヤドゥル。他のみんなは、死ぬ直前に俺が戻せばいいんだな?」
「でもま、マスターが先に死んだら、すぐに飛んで逃げるのよさ」
「それは、ブルーベルらしくドライでいいな」
「コロンバインちゃんは、逃げずに戦うし負けないわ!」
「無理しなくていいぞ、コロンバイン」
「無理じゃないわ」
「まあ、わたくしたちは、何とかしますわ。あと、王子様はもう一度召喚して戦わせると良いでしょう。でも、王様と共に、早めにお戻しくださいませ」
「分かった、約束するよ」
俺は森の小径の入口から再び中に入った。
緩やかなカーブの向こうでアバドン隼の長身が、ちらりと見える。
なぜか動きがない。
後続が集まるまで待ってるのか、それとも作戦会議でもしているのか。
どちらにせよ、こちらは助かった。
「ダニエルのシンたちは戻れないよな? 死んだらどうなるんだ?」
「常世に戻って、しばらくこちらには来られなくなるのですん」
一種の短い死のようなものか。でも魂が失われないだけましだな。
「分かった、みんな死ぬギリまで頼んだぜ!」
「「「「おお~~」」」」と、ちょっと盛り上がりに欠ける気合い入れだが、負け戦ほぼほぼ確定だからこんなもんだろう。
でも、死ぬの嫌だなあ……。
みなさん、いつもお読みいただき、ありがとうございます!
ついにこの物語も通算200話、文字数で40万5千字を突破です。
コンゴトモヨロシク・・・
※ ※ ※ ※
ダニエルに置いてけぼりにされた睦樹
出花との決死の戦いが始まる
第15章22話は、令和6年12月8日公開予定です!




