1. 違うワンチャン
第4章!
頼もしきシンを得られた主人公。
この先歌舞伎城まで、彼の不運属性がどれだけ発揮されるだろうか?
さて、すっかり時間を取られてしまったが出発だ。
不可抗力により、変な場所から新宿の隠世に入ってしまったが、俺にはこの町で大事な約束があるのだった。
しかも国津の他の使徒にさえも、内密にしなくてはならないものだ。
このまま隠世を突き進み、さっき不用意に近づいただけのワイアームを火炎弾で撃ち落とした物騒な要塞都市――歌舞伎城まで行かなくてはならない。
そこでとある悪魔族の使徒との、秘密の会合があるのだ。
「スナック・ハングリーママ」と歌舞伎町とでは、現世での距離はごく僅かだが、なぜだか隠世ではかなり離れている。
時空の歪みがあるってことなんだろうけど、俺には良く分からない。一使徒の立場では、そういうものだと納得するしかないのだ。
俺の不運属性がパワー全開になり、まるでこの会合を妨害するかのように、次々と面倒事に巻き込まれ続けたわけだが、そのかわりに強力な土蜘蛛がシンになった。
災い転じて福となすってやつか。
不運属性が悪運属性と進化する転換点が、今まさにここなのかも知れない。
「……だったらいいよな~」
「吾が君、何を妄想してるのかや? もしや、懸想している女子のことかえ?」
「な、何勘違いしてる! そんなんじゃぜんぜんないよ、セオ姫さま!」
「むきになって否と言うのが、怪しいのう」
「だったらいいけど、もっとつまんないことだよ。運気が善くなったらいいのになってさ」
「あれ、そんなことかや。 ならば妾がひと肌脱いでやろうかえ?」
「そっちこそ、なんか怪しいことしないでくれよ」
「失礼なことを言うもんじゃありんせん。ひと月も山に籠もって妾の滝に打たれれば、邪なもの悉く流れて、運気も上昇間違いなしじゃ」
「そんなことしたら、俺が悉く流れ落ちちまうよ」
「オホホホ、吾が君、フフフ、いやでありんすえ、そんな邪の塊とは。 ならば詮ないことよのぉ……ウフ、ウフフフ………クックックッ……」
セオ姫さまは、何やらツボにハマられたようだ。身を捩って笑いを堪えておられる。もしかして、ふだん娯楽が少ない?
「主さまは、そんな邪じゃないですん。とてもお優しい心根と、公明正大を大事にされる方ですの」
ああ、こいつにはジョークがほぼほぼ通じないんだった。
「ヤドゥル、安心しろ、冗談だ。それに俺は公明正大からは、何光年も遠く離れた場所で息してる」
「そんなことはないですん」
「そうかい?」
どうやらヤドゥルは、人を見る目はないようだ。
「ところで主さま、犬がどうかされたんですの?」
崩れかけた階段を降りながら、ヤドゥルが妙なことを聞いてきた。
「犬?」
「ワンちゃんがどうとか……」
あーあれか、ワンチャンありって話な……。
現世の歌舞伎町で走りながら、ヤドゥルとスマホで異界通信していたときに言ったやつだ。
隠世でチンピラを嵌め殺しするのではなく、「ハングリーママ」のマッチョなママさん、トモヨ・ファビュラス・マックスに頼んで、軽く絞めてもらおうとした話だ。
もし店が開いていたら、クズメンも死なずに済んだのだ。
おっと、黒シャツのクズ一男はまだ安否不明だった。
にしても、ヤドゥルはよく覚えていたな。
そのまま説明するのも面倒なので、適当に答えとく。
「あれは地獄の番犬ケルベロスを召喚して、そいつに食わせるのもありかなって話だ」
「ほおぉ、主さますごいのですん。現世に超常の者を召喚できるなんて! でも、なぜそれをしなかったですの?」
「召喚には生贄が要るからなあ……ケルベロスは特に可愛い幼女人形が大好きなもんだから」
「ひぃ! それは危険ですん! ぜったいダメですの!」
ブンブンと首を振るヤドゥル。
「だろ? だから止めといたんだ」
「それが良いのですん」
心底ほっとした表情がすっごく可愛い。嘘のつきがいがあるというものだ。
「ところでヤドゥル、テルオさんの様子は分かるか?」
「お待ち下さいの……ただ今てるてる坊主さんの目を借りてみますん……」
「頼んだ」
ヤドゥルは、現世の人形と親和性が高いのだ。
「んん……っんんん……クハッ!!」
「どうしたヤドゥル?」
「今、てるてる坊主さんを動かして……すん!」
「おい、無理するなよ」
こちらから現世のものを動かすのは、かなりの力を必要とするようだ。
「ん~~~!! んん?」
「見えたか?」
「ひゃああ!」
「ヤドゥル?」
「おっきな三毛猫さん でしたの」
「脅かすなよ」
「はい、んと……だいじょうぶですん。今は寝床で横になってスヤスヤ寝ているですの」
「そうか、良かった。ありがとう、ヤドゥル」
「んふふ~、どういたしましてですん」
ドヤ顔のヤドゥルは可愛いが、あんまり褒めてはやらぬ。
すぐに増長するからだ。
テルオさんを襲った勢力の調査は、とりあえず脅威は去ったとみて、後回しにするしかないだろう。
いや、そもそも俺がそこまでやる義理はない。
本来天使族がすべき仕事だ。
テルオさんは天使族の使徒の、成れ果てなのだから。
天使族からヤドゥルにまで救援要請が来るとは、かなりの緊急事態だったのだろうか。
やはり背後にいる敵は、悪魔族なのか? まあ、予断は止めておこう
 




