2. 三つの選択肢
「無理ゲーだろ……」
俺は思わず呟いた。
はっきり言って、とんでもなく面倒な状況になっている。
なんでこんなケースに不向きな俺が、よりによって呼び出されたのか?
理由は至ってシンプルだ。
一番近くにいて、さらにはいつも暇だからだ。
確かにことさら暇にかけては、俺の右に出るものはそうは居るまい。
ところがどっこい、まさに今夜だけは違っていたのだ。
このあと超大切な密会があるのだ。
そのためにわざわざ歌舞伎町くんだりまで、こんな時間にも関わらず、とぼとぼ歩いてやって来たのだった。
憂鬱な気持ちを堪えて急ぎ来てみれば、この状況だ。
俺には荷が重すぎる。
ヤドゥルのヤツなら事もなげに「選ばれし者に選ばれし役割が、与えられただけですん」とか何とかしれっと言うのだろうが。
路上に散乱するてるてる坊主は、テルオさんのお眼鏡に適った変人だけに送られる、心のこもった恩恵だ。
それが路上に散らばって、残念なことに泥で汚れてしまっている。
そしてこの哀れな老人を容赦なく蹴りつけているのが、たった今この時も、この苦い夜が明けたその後も、さらに明日も明後日も、この先将来、未来永劫ずずーっと金輪際、まっとうな生き様には、まるで縁のなさそうなクズ野郎二体だ。
「ウゼーんだよ、ジジイ」
「クソジジイがテメエ、クッセーんだよ!」
そいつらの足が動く度に「うう」とか「ああ」とか痛ましい声が漏れる。
すぐに助けなくちゃってのは一目瞭然だが、いったいどうすりゃいい?
このまま突っ込んで行っても、マジでガチで勝てる気しない。
120パー有り得ない。
バトルがダメなら話し合いってか? 無理だ、結果は変わらない。
俺までボコられて終いだ。
酸素と血液たっぷりなピンクの俺の脳細胞は、超高速で最適手を求める。
ゲーム制作で作られた小日向照夫のラフイラスト
助けを求めても、そこらにいるのは酔っぱらいだけ。アテにできるわけがない。
ここはふつうにお巡りさん呼んでくる……いや時間が掛かりすぎる。
テルオさんのダメージが致命的にならないか心配だ。
たった今、なんとかしよう。
やはりこちらに気を惹かせといて、逃げて追わせる手しかあるまい。
逃げるんなら、うまいこと挑発しなきゃだ。とことん地獄の果てまで追いかけさせて……とまでは言わんけどな。
そんでもって、「ハングリーママ」にまで引っ張り込めれば、それでよし。
どうしてもダメだったときは、アッチに連れ込んじまえば、それでサクッと片が付く。
俺も時間ないから、そんな感じでサクサクサクッと終わらせたい。
さて、具体的にはどうするか?
フィジカルはポンコツでもメンタルはイケてる俺さまの、そこそこイケてるアイデア……と思われる何かが、瞬時に三つ降りてきた。
【選択肢1:後ろから殴る】
不意打ち食らわせて、クズの怒りの矛先を俺に向けてから逃げる。
――却下。
殴ったら接近しすぎ。相手二人いるんだし、捕まる可能性大。
【選択肢2:助けを呼ぶ】
お廻りさ~~~ん、こっちです~~! って叫んでみる。
――微妙。
相手の出方が読めん。俺が逃げても、追いかけてくれるか分からん。
【選択肢3:撮影で煽る】
スマホでフラッシュ撮影して、煽って怒らせる。で、即行逃げる。
――イケそう。
何より手軽だ。距離取れるから、逃げやすいってのが素晴らしい。
画像をネットにばら撒くとか、警察にチクるとか揺さぶれば乗ってきそうだ。
一気に距離詰められたら危険だが――まあ、これしかないか。
急いで、かつ落ちついてやろう。
それにしたって、まるで不向きなやっかいごとを、絶妙なタイミングで押し付けられたもんだ。
俺の不運属性も毎度毎度なんだが、かなりヤバい域に達していると思う。
マジで神さま何とかして欲しい。
こんだけ日夜貢献してるんだ、少しはお蔭があってもいいんじゃないだろうかね。
まったくもって報われない。
「はぁ~~、やれやれだぜ……」
幸せがケツまくって逃げていくという、深い深いため息を吐きながら、コートからスマホを取り出して、とある謎な通信アプリに接続。
「ヤドゥル、いま画像送るから」
添付ファイルにカメラ画像を選び、そしてフラッシュモードをオンにして連写。
光のスライスが、男たちの動きをスローモーションにのようにして、浮かび上がらせる。
「ああん?」
「ヌンだデめえはよぉ!」
ターゲット、クズ二体――クズ一男とクズ二男(仮名)がこちらに振り向く。
(うわー、正面顔怖!)
もう一度フラッシュ!
とりあえずテルオさんへのアタックは止まる。
よし、第一段階は成功だよな。