20. 隼の逆襲
― 前回のあらすじ ―
熾烈な戦闘の末、ダニエルは逃げ出すが、
睦樹は隼の体に槍を突き刺した
俺が槍を引き抜くと、出花隼は体の前後から血を吹き出し、がっくりと膝を付いた。
めちゃくちゃ最低な気分だ。
これが使徒の戦いなのか……。
「おニイちゃん!」
悲壮な顔をしたヴァレフォールが駆け下りてくる。
「来る……ナ……」
出花はスマート・ノートを取り出すと、それに話し掛けた。
「在りて在る者ョ……僕に……モッと、力を……くダさいっ!!」
在りて在る者――それは、一般的にはユダヤ=キリスト教の神のことである。
しかしその正体は、最近俺のTReEに謎のメッセージを二回送ってきた、どうにも怪しい存在である。
出花隼にも何らかのコンタクトをしていたのだろう。
彼は、その存在が俺にもメッセージを送ってきた事実を知ると、えらく狼狽えていた。
それを本当の神だと思いこみ、自分だけが選ばれた存在だとか思っていたくさい。
リアル厨二病なのだから、さもありなん。
だが待てよ……「もっと力を」と言っているのだから、もしかして彼は、最初に[在りて在る者]らしき者に、力をもらったとかなのか?
使徒になるきっかけを作ったのか、それとも使徒になってからなのかは分からないが。
とすれば、もしかしてもしかすると、今まさに、何かもっと強いパワーが出花に与えられるかもってことかい?
「主さま、もう一撃ですん、お早く!」
「ヤドゥル……こいつは……」
くそ、こんな馬鹿な戦い、なぜ中学生が巻き込まれなきゃいけないんだ!
「何か起きる前にお早くですの!」
分かってるヤドゥル。
今やらなければ、きっと俺たちがやられる番だ。仕方ないんだ。
「すまん、出花」
俺は情を棄てて、槍を突いた。
「させない!」
それをヴァレフォールの剣が邪魔をした。
しかし、細剣の横入りでは守りに弱かった。
俺の魔槍は剣を叩き伏せるようにして止まらず、穂先が胸に刺さる――かに見えた。
が、直前で今度は盾に阻まれた。
麻痺毒から回復しかけている。
それでも、動きはまだ緩慢で苦しそうだ。
俺は槍を再度構える。
「やめてーっ!」
ヴァレフォールが割って入ろうとするのを、ヤドゥルの魔法障壁が阻んだ。
「御免!」
横から現れた狗神の八郎丸が、出花の首を切り裂いた。
血飛沫を上げて、出花は床に倒れた。
「八郎丸……」
俺は自分でトドメを刺せなくて、心底ホッとした。
八郎丸にお礼を言いたいが、ここで「ありがとう」もないだろう。
奴も分かっている。俺と目が合うと、黙って頷いた。
「おニィちゃんーーー!」
「出花、これで終わりだ。負けを認めろ! すぐに回復してやる!」
俺は回復薬を取り出しながら言った。
そのときだ、天上からスポットライトのようにして、出花の体を光が包みこんだ。
「そんな……おニイちゃん! ダメ、それは!」
ちょい待て、これって何か起きるの確定? いや、まだ間に合う?
出花がやっちゃいけない領域に手を出してる感満載だ。
何とかして止めさせないと。
「出花隼、負けを認めろ! なんか分からんけど無茶しようとしてるだろ! ぜったい止めろ! ヴァレフォールを泣かせるな!!」
「僕ワ……中野を……失わなイ……ヴァレフォールも……カンビヨンも………燕も……守ル……」
その瞬間、俺は黒い何かが出花の体に入るのが見えたような気がした。
これはガチで怖いもんだ、俺分る。もうダメだ、やるしかない。
「トドメを、主さま!」
俺は魔槍で光の中に倒れる出花の首を突いた。
しかし、異様な硬い感触に阻まれる。
それは彼の固い手だった。
槍の穂先は黒く変色したその掌に掴まれていたのだ。
「トドメ……だって? アハハハ……この僕に? どうやって?」
「おい、ダイジョブか、お前……出花隼だよな?」
これは、絶対やっちまったパターンだ。
力を求めるあまり、自分の限界を超えるような負荷をかけて、何かを――おそらく何か悪魔の力か何かをその身に宿す――俺の超眼力には、それが彼の中に入っていくのが見えたのだから、間違いであって欲しいが間違いない。
俺がほんとうに物語のヒーローだったなら、暴走する化け物となった出花を仲間と共に倒し、あわよくば元の姿に戻してやれるんだろうが、これはそんな甘いもんじゃない。
下手すると俺たち全滅。
さらに下手すると、出花のシンや愛する者たちまで殲滅。
そうならないためには、まず出花隼の人格が消え失せていないかの確認。
これ、俺の大任。それが肝心。
出花無事か?
リリックの韻踏んでる場合じゃねぇ。いぇい。
「出花隼! お前、どうなっちまったんだ?」
「おニイちゃん!」
「燕――、僕は大丈夫だよ。犬養睦樹、僕の新たな力を、あんたで試せるのはワクワクするよ」
あー、精神無事だったようね。そいつぁ良かった。
出花の仲間たちは大丈夫と。
でも俺たちを待ち受ける運命は、ダイジョブくない。
めっちゃ苛烈なもんが、待ち受けているに違いない。
(みんな、よく聞け! こいつはとっても危険な存在と同化しやがった。いいか、今から一斉に逃げるぞ! 森の入口に向かうんだ!)
(はいですん)
(もうとっくに逃げてるのよさ)
(コロンバインちゃんは最後までたたか……ふぎゅ!)
(さあ、みんな急ぎなさい)
「出花、お前ほんとにダイジョブなんだな?」
「はぁ? 他人の心配なんかせずに、まずは自分の心配したらどうですか?」
(さあ、逃げろ!)
俺は魔槍をキップル化させて戻すと、一目散に背中を向けて逃げ出した。
俺の背中には、ヤドゥルがありったけの魔法障壁を出現させる。
(プリンス、戻れ!)
足の遅いプリンスはもう戻すしかない。
いや、他のシンも戻すべきかも知れない。
(スネコスリ、オイリー・ジェリー戻れ!)
二体が常世に戻っていく。
「そんな、逃げないでくださいよ。僕の力をしっかり堪能して、そしてちゃんと死んでいってください」
そいつはすべてお断りだ!
ダニエルのシンたちが守る、森の入口へと走る。
「お前たちも逃げろ! 急げ!」
だが、彼らは逃げる様子はない。
(アストランティア、出花はどうだ?)
(黒くなって、大きくなってるよ)
なんだそりゃ!
「おニイちゃん、ダメ、止めて! 魂の器が持たないわ!」
「ぜんぜん大丈夫だって燕。それに僕は今、すんごく気分がいいんだ。だから、邪魔しないでくれないか?」
「分かった、出花! もう中野から退去するから、そのミューテーションやめとけ!」
俺はちらと振り向いて叫んだ。
目の端に映ったのは、身の丈3メートルにもなった茶褐色のブサイクな巨人だった。
「形勢逆転したからって、見苦しいですよ、国津のお兄さん」
「いや、ガチで、お前自分の身の心配しろよ!」
装備はみな外れ、裸の肉体にはウロコのようなものがびっしりと覆っている。
可愛かった瞳は昆虫のようなもの変化していて、耳まで裂けた口からは虫の顎のような牙が生え、さらに触角のような角もある。
これは完全な化け物だ。
俺はもう脇目も振らず森へと全力で走る。
(眼の前の地面、左に跳んで!)
相変わらず触手も襲ってくる。
俺はヤドゥルを抱えてジャンプした。
「主さま、宿得は自分で避けられるのですん」
「まあ、たまには抱っこされとけ」
狗神は俺の前を走りて、露払い役を買ってでた。
現れる触手を素早く切り裂きながら、先導する。
「……そっか、アバドンっていうのか。じゃあ見せくれるかい? お前の権能を!」
「よろしい……ならば汝ら刮目せよ、深淵より来たりし我が力、とくと見るがいい!」
声まで野太くなった出花が、一人二役でそう言い放つと、今度は背後からザザザザザー……と、風のような嫌な音がする。
(睦樹くん、黒っぽい虫のようなものが、隼くんの口からいっぱい出てきた)
まさかGじゃないだろうな!
(あれは黒い蝗みたいだわさ)
ふう、まだ良かった。
黒い蝗っていうとあれか、蝗が相異変して大量に飛んで蝗害になるやつか!
出花は自分で気に入ってるであろう空中庭園を、虫の餌にしちまう気か?
いや、それで済むわけない!
この蝗どもは、確実に俺たちを食おうとするに違いない!
ヤバい、全力で逃げろ!
いや、すでに全力だけど!
みなさん、いつもお読みいただき、ありがとうございます!
※ ※ ※ ※
黙示録に登場するアバドン降臨!
睦樹には『ヨハネの黙示録』の知識はないが
充分危険な存在として認識
果たして逃げ切ることができるのか?
そしてダニエルはどうした?
第15章21話は、令和6年12月5日公開予定です!




