11. 中野黄昏の森
― 前回のあらすじ ―
出花隼と妹燕の悲劇から、凶悪な悪魔使徒が生まれた
彼は悪魔少女ヴァレフォールとともに睦樹を待ち受ける
出花隼は、少女悪魔に問い直す。
それは人の世の本質を質すものだ。
「人は強くなれば、嘘も吐かず、裏切りもしないのかな?」
「そうよ。本当の強者はそんなことしないもの」
悪魔は事もなげにそう断ずる。
容姿は純真無垢な少女のものだが、知識は老賢者に伍する悪魔のそれだ。
「僕もそうなりたいな」
「なれるよ、おニィちゃんならきっと」
「ほんとうに?」
「だいじょうぶよ。おニィちゃんは、まだまだおケツの青いクソガキだけど、それだけに、もっとも~っと強くなれるもん」
ガキ呼ばわりされて、苦笑いを浮かべる隼だったが、ヴァレフォールのこうした諧謔には慣れっこだ。
「どうしたら強くなれる? 奴らの裏切りに、ハラワタが……煮えたぎるように熱いんだよ! 僕の今の力で、奴らに、勝てると思う?!」
苦しそうに吐露する隼から、怒りのアストラル炎がみるみる燃え立ち、赤黒く吹き荒れた。
その炎に照らされながら、にこやかに悪魔は即答する。
「だいじょうぶ、勝てるわよ。そのために、ちゃんと準備したんでしょ?」
「猛烈な怒りが僕を狂わすんだ! 今すぐ飛んで行って‼️ 奴らを八つ裂きにして、ぶっ壊して‼️ バランバランに千切りまくって‼️ 魂を地獄の豚どもの餌にしてやりたいっ!!!!」
少年はその表情を醜く歪め、抑えていた怒りを露わにする。
アストラルの焔はますます燃え盛った。
憤怒で全身に力が入り、ガタガタ震え、呼吸が乱れる。
しかし、大きく息を吐き、息を整えることで、アストラル炎もようやくやや強いくらいに落ち着くと、ポツリと弱気を漏らすのだった。
「…………でも、こんなんじゃ、ダメだよね?」
少女悪魔はそんな彼を目にしても、笑みを崩さない。
そして少年をぎゅっと抱きしめた。妹が兄を慕うというより、姉が弟を慈しむように。
「ダメじゃないよ!」
「でも、母さまには、魔術師はつねに平静を保てって言われた」
「いいんだよおニィちゃん、怒りは最も強くて霊性の高いエナジーなのよ」
「なら、僕が怒りにまかせて暴れまくっても、イイってことかい?」
「うん、どんどん怒って。だっておニィちゃんの怒りの炎は、とっても綺麗なんだもの」
「きれい……なのか? 自分では分からないよ」
「でもね、気をつけなくちゃいけないのは、怒りは諸刃の剣だってこと」
「諸刃の…剣……」
「そう、それが内側に向いてしまったが最後、自分の身も心もズタズタにしちゃうのね」
隼は妹悪魔の抱擁を振りほどき、せせら笑う。
「ハハハ、そんな馬鹿なことあるんだ。何でわざわざ内側に向けちゃうんだい?」
「それはねー、自分は正義でいたいから。怒りを外に向けたら悪だって、愚かな教育をされてるのよ」
「じゃあ、母さまの教えは、愚かで間違てるってわけ?」
「それはね、あらゆる感情に簡単に揺れ動く低位人格を、超越した上位人格で支配するのが、魔術師の目的のひとつだからなの。でもね、戦う時はその怒りの力を使って、相手にぶつけていいのよ」
「ハッ、そんならヘーキだ」
「でも気をつけてね、おニィちゃん」
「うん、僕ならあいつらに、存分に怒りを向けることができる。力を分散させず、虫眼鏡で太陽の光を集めるように、怒りの力を集中させてやる」
「じつに頼もしいわ」
「でもさー、やっぱりここで待ってなくちゃならないわけ?」
「そりゃあボスキャラは、一番奥で待ち受けてないとでしょ」
「そうなのかなあ~、さっきダメじゃないって言った」
「あれは、怒りの取り扱いに関してよ」
「もっと怒りに任せて、アクティブに悪人狩りに出かけたいんですけどー」
「もうちょっとの辛抱よ。出てったら、せっかくのトラップが台無しじゃない」
「そんなの無くたって、勝てる気がしてきたんだけどな」
「アタシがきっちり罠にハメたいの。おニィちゃん、お願い」
「あー、もうしょうがないな。分かったよ、もう少し我慢するよ」
「おニィちゃん大好き!」
ヴァレフォールは隼に飛びついて、再び抱きしめた。こんどは打って変わって、無邪気な妹のように。
※ ※ ※ ※
俺とヤドゥルとダニエルの三人が箱から吐き出されると、そこはサンルームのような部屋になっていて、たくさんの植物に溢れていた。
「すごいなここは……」
部屋から出ると、さらに見事な屋上庭園が広がっていた。
夕暮れ空の残照が、幻想的に庭園を彩っている。
見渡す範囲は、木々の作り出す鬱蒼とした緑のフェンスに囲まれている。
奥の方はだんだん高くなっており、そこから黄昏の色に染められた水が、音を立てて溢れ落ち、滝となっていた。
「ここは……なんて綺麗なんだ」
「せやろ、やっと最近整ったんやで」
「以前の日本庭園の方が良かったのですん」
「あ、うん……それは、そうだったよね、ヤドゥル」
確かに国津神族支配のときの庭園も美しかったが、これもすごく良い。でも、余計なことは言わないでおく。
「さあ、シンを召喚しとこか」
「ああ、そうだったな」
狗神八郎丸、プリンス・クロウリー、エルダー・ブラウニーのともぞうさん、ベトベトーズの二体、スネコスリ、オイリー・ジェリー、ピクシーのスノウドロップ、コロンバイン、ブルーベルと、全てのシンを召喚した。
ダニエル張が召喚したのも、先程と同じシンだった。
うちのシンたちがワイワイガヤガヤするのに対し、対照的にダニエルの方は静かだ。
AP消費が半端ないので、招気薬を飲み回復。ダニエルにも一個分ける。
「おおきにな~」
「アナライズは遠慮しとくから、超常の者の名称だけ教えてくれよ」
「ああ、ええでええでー。大きな黒犬がバーゲストのギネス。羽の付いた猿みたいなのが、アーク・インプのスパム、黒いのがシャドウ・インプのスニーキー、蝦蟇蛙がジャイアント・トードのサマンサ、カース・バットのニッチモとサッチモや」
俺も自分のシンを紹介する。そしてシンを使った作戦をざっと説明した。
「こちらの戦い方は、ピクシーの補助魔法で敵の行動を制限したところで、動ける奴を俺と狗神のツートップで攻撃していく。プリンスは後方に突破してきた敵を弾き飛ばす。ベトベトさんたちは、遊撃隊で、好きなところにワープして、弱った敵を片付けたり、味方の壁になったりだ。あとは妖精たちが術式攻撃もできる。それにうちにはスネコスリという全体回復役がいるから、かなり助かってる」
「ええなあ、スネコスリ、うちにおいで、スネコスリちゃん」
「フウウウ……!」
手を出すダニエルに、スネコスリは警戒して引っ込んでしまった。
「ちっ、つれないで~」
「邪な心を持つ者には懐かないんだ」
「何やそれ、まるでワイが邪な人みたいやん」
「違うのか?」
「ちゃうにきまっとるやん」
まあ、俺も適当に言ってるだけだし、そういうことにしておこう。
「で、そっちの戦い方は?」
「うちはギネスと俺で前に出て、後ろからスパムが火弾で攻撃が基本や。ワイらの横を取ろうとするのをサマンサが迎撃やな。あとは蝙蝠どもがデバフかけるのと、牽制して敵の気を惹きつけるくらいや」
なるほど、コンパクトだが、回復以外は一通り揃っている。
それでさっき俺に回復薬をねだったというわけだ。
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睦樹とダニエルの連携作戦は、上手くいくのか?
待ち受けるヴァレフォールの罠とは?
第15章12話は、令和6年11月19日公開予定!




