14. 国津神族のシン
「参りましてござりまする」
潔く敗北を認めたのはいいが、体燃えてるし、血もぴゅーぴゅー吹き出したまんまだ。
「セオ姫さま、消火してやって! ヤドゥルは回復!」
「自業自得ですん」
「自業自得でありんす」
俺を守護するモードから離れて姿を現した瀬織津姫と、仁王立ちするヤドゥルが、異口同音に反抗する。
宙に流れ落ちたゆたう藍髪に、水気の霊雲を漂わせ、得も言われぬ不思議な衣を纏う妖艶なる美女。
それが国津神の女神瀬織津姫だ。
周囲に浮遊する領巾という長いリボンが、美しい曲線を描いて舞っている。
古風な羽衣の不思議な布は、常に流れる水のように柄が変化し、他にはない独特の美しさで見るものを魅了する。
この水の羽衣が防壁となり、俺を守ってくれたのだ……いや、水の領巾の方かな?
ま、細かいことはいいや。
「セオ姫さま、同じ国津神のよしみでよろしく頼むよ」
「かような下郎と、一緒にするでないわ」
「主さまに背いた不逞の輩は、迷わず誅すべきですん」
「ダメだろ、ふたりともそんなんじゃ。国津神はみんなで助け合わなきゃ」
「嫌なものは嫌でありんす」
「右に同じですん」
「ったく、お前たちどうしてそう頑固なんだ。俺が頼んでもダメか?」
「ダメでありんす」
「ダメですの」
「どうしても?」
「どうしてもでありんす」
「どうしてもですん」
「それじゃまぁしゃーない。あんま使いたかないけど……」
「よもや吾が君……」
「主さま、お止めになるのですん」
「国津神第三位使徒相馬吾朗が、その権能を以て命じる。瀬織津姫とヤドゥル、土蜘蛛を治してやるんだ」
「主さまぁ……ヤドゥルは臣じゃないのですん」
「ふぬぬぬにゅぅ……わ、吾が君が……か、火炎咒を解けば……良いの、じゃ」
まだ抵抗する力があるのか。
さすが凄まじいツンデレ意志力姫。後ひと押し、言いくるめる必要があるのか。
「すでに自分の掛けた咒は解けてるんだよ。なので、燃え盛る火を制御するために、新たに火焔咒かけるって酷くない? さらに炎上しちゃったりするわけなんだよ。それに解呪とか得意じゃくてさ、こっちに返ってくるかも知れないわけで……お願いします! 瀬織津姫さま! これ、この通り!」
俺はパンパンと二度柏手を打って手を合わせ、頭を下げる。
「ええい、困ったお人じゃ。見苦しきは吾が君が修行の足りなさ故よの。
妾より解呪の手ほどきを、しかと受くるを約すというなれば、聞かなくもないわ」
「分かった、必ずそうするよ」
「ゆめゆめ違えることなきよう」
領巾から溢れ出す水流で、燃える火を消火しながら、なんか嬉しそうな表情。
意外とゆるツン?
「ヤドゥル?」
「仕方ないのですん」
土蜘蛛は畏まったまま、二人の治癒を受けた。
「ご仁慈、かたじけのう頂戴いたしまする」
「これで気が済んだか?」
「いや、まだでござります」
「ええ? まだって……」
「この土蜘蛛土師一族が長杜美山比古、国津三位の使徒殿の武威と堪忍に感服しもうした。何卒主様の臣の末席にでもお加えくださりませ」
やれやれ、今一度仕切り直して手合わせ願う、とか言い出されるのかと思ってヒヤヒヤしたぞ。
「その申し出承知した。土師杜美山比古よ、お前を相馬吾朗が臣としよう」
「ありがたき仕合わせ」
思わぬところで強力な超常の者をシンにすることができた。実は超ラッキーかもだ。
「ヤドゥル、チンピラの具合はどうだ?」
「それが、どこにもいないのですん」
「え? マジか?」
「はい、マジですの。気配も見当たらないですん」
「息を吹き返して逃げ出したのなら、まあいいんだけどな……」
この世界では死体を放置すると、すぐに悪霊が入り込んでしまう。
いわゆるゾンビやグールみたいなアンデッドになって、うろつき回ることになるわけだ。
特にこのクズ一男、体の傷が治癒されている。その状態で死んでいたとすると、悪霊どもにとってはきわめて珍しい、人気の超優良物件ってことになるだろう。
「生きて逃げても、すぐ死ぬのですん」
「う、ま、まあ、それもそうなんだよな……」
ふつうの人間なら超常の者に出会った時点で死亡確定。悪人ならなおさらだ。
奇跡的に運が良くても、下僕にされるかだろう。
無事生き残るには、かなりの幸運が必要だ。
運よく生き延びても、隠世に長く居すぎると、ふつうの人間は精神に異常を来たす。
その異常は次第に身体に表出してしまう。
結果、新しいモンスターの誕生だ。
ここはそういう世界なのだ。
「ナイフも落ちてなかったか?」
首なし死体の方が、持っていたはずである。
建物を見る限り、崩落が伝わってみんな落ちてしまったようだ。
「瓦礫の下でしかと確認はできませんの。でも、見た限りはないのですん」
あのナイフも宝具化したのか、何らかの魔力付与で強化されたのか、気になっていたが仕方がない。
探している時間もないし、諦めるしかあるまい。
「さて、こっから目的地までの道中はちょっとばかり物騒だ。瀬織津姫、土蜘蛛、二人ともそのまま付いてきてくれ」
「承知仕りました」
「心得たわ」
自分より一瞬先に応えた土蜘蛛を、キッと睨みつけながら瀬織津姫が同意する。
(やれやれ……先が思いやられるぞ、と)
同じ国津神なんだ、もう少し仲良くしてくれと言いたい。土と水の相性は悪くないはずだし。
でもまあ、もう少し様子を見ていくか。
そう、この子は俺が式神や使い魔のようにして使役するシンではなく、俺を導いてくれる先導者なのだ。
それでもこれだけ強い言葉に逆らうのは、かなり大変なはずなのだ。
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