8. 覚悟完了
― 前回のあらすじ ―
中野ブロードウェイ隠世1階
商店街でアストランティアのスーツを強化待ちの睦樹
「ところで、この武器はこれ以上強く出来ますか?」
俺は小刀になった、魔槍屠龍蜻蛉切――ドラゴンフライ・スレイヤーを鞘から抜き、トゲトゲさんに見せた。
「どら、貸してみな」
「これ、気を込めると、槍になるんですよ」
トゲトゲさんは、特殊な眼鏡を装着して、じっくりと剣を観察している。
眼鏡を外すと、困った顔に笑みを載せて、小刀を返してきた。
「スゲエものを拝ませてもらったぜ……」
そんなに凄いのか! まあ、そんな気はしたんだけど。
「すまん、これは俺の手に負えるお宝じゃねえ。この広い東京にも、これを強化できる奴はいないかも知れねえ。ただ……」
「もしかして伝説の錬金術師とか?」
「そうだ、良く判ったな」
当たったのか。そりゃあまあ、厨二病爆裂自宅警備員ゲーマーですから。
「大亀の背に錬金術の大坩堝を載せて旅する男がいてな、名をノウェラ・マーという」
「旅人ってことは、偶然出会うのを期待するしかないって感じですか?」
「そのとおりだ。まあ、お導きがあれば、必要なときにお前さんの前に現れるだろう」
お導き? いったい何のお導きだろうか。
なんかここで問うと、そんなもんも知らない半端者と見做されそうなので、あとでヤドゥルに聞こう。
「そうだ、兄ちゃんこれを持ってけ」
そう言ってトゲトゲさんは、名刺くらいのカードを渡してくれた。
「何ですかこれは?」
「エレベーターの利用券だ。10000ジェム以上この商店街で買い物すると、貰えることになってる。今回は11万6000で、他の店でも9600ジェム、合計12万5600だから、12日分の有効期限がある」
「ありがとうございます」
どうやら神族に関係なく、買い物をするか、利用料を支払わないとエレベーターは使えないシステムになっているそうだ。
アーマーが仕上がるのを待つ間、解毒剤や、バフ護符など要りそうなものを購入し、さらにサブウェポンとして、毒の投げナイフとかも手に入れた。
使えるかどうかは、ぶっつけ本番だ。
なし崩しに中野攻略戦に臨むことになってしまったが、俺の脳内は未だ現実感がない。
目的の装備強化も達成できるし、強いシンもゲットしたしで、ひとまず満足だ。
できたら中野攻略は次回にして、一色あやのライブを楽しみたい。
「今日はここまでにして、攻略は他のメンバーを集めてした方が良くないか?」
「あかんあかん、今が絶好のチャンスなんや。出花はお独りさまのボッチ少年になったんやで。もともとの護衛はオレ様一人。このダニエル張だけに任されとって、他にはおらへんのや。逆にもし、国津神族が集合するような動きを見せてもうたら、悪魔族もまた守りを固めるやろ。そしたらワテは、そっちに付くのは難しゅうなるで」
「つまり、今なら二対一で奇襲ができるってことか」
「そゆこっちゃ」
「我らが主よ、今がそのときナリ」
仕方ない。狗神もヤドゥルも、中野を一日も早く取り戻したいみたいだし、一色あやのライブを楽しむなんていう個人的望みに比べたら、優先順位はやっぱりこっちだ。
今がまさに千載一遇の好機というやつらしい。
それにだ……忘れてないか、ムッキー。大量殺人だ。
もしあのインスマスの連中が現実でもあそこで死んでいたら、俺が容疑者だ。
俺が切ったのはエーテル体のハズだが、あの部屋が魔術で現世とシンクロしていたとしたら、きっと物質体も切られている。
そうだ、覚悟を決めよう。
ただ、俺の覚悟は不純物だらけだが……。
「分かった……………やるか」
「はい、やるのですん」
「そやそや、やるっきゃないでー」
どうも俺は流されやすいタチのような気がする。
だが、ここまで来た以上、後悔しないよう全力でやろう。
「しっかしぎょうさん買いモンしたなあ。何でそないにジェム持っとるん?」
「禁則事項だ」
「ちっ、なんやそれ。自分ら謎多いなあ、ワイ謎は好かんで。謎多いとリスク増えるやろ?」
「そんなありもしないリスクに悩むより、ボス戦どうするか悩んだ方がいい」
「それもそうやな。ふたりがかりでもヴァレフォール倒したーいうたら、そりゃもう名前売れまくるでー。いろいろチャンスも増えるやろな~」
どう戦うかより、すでに倒した後のことを考えるとは、さすがというか、もう呆れるのを通り越して感心してしまう領域だ。
「で、出花とヴァレフォールはどこにいるんだ?」
「屋上やで~。ムッキーちゃん、エレベーター使えるやろ? 一気にトップへゴーやで!」
どうもムッキーちゃんで固定されてしまったようだ。
すごく嫌なんだが、そう伝えるのも嫌だから、つい放置してしまう。
俺ってヤドゥルより気が弱いってことかい。
いや、実際そうなんだろう。
ヤドゥルはあれでいて、一本筋が通っているところがある。
見習わなくてはだ。
ヤドゥル先生と呼ばせてもらおう――心の中だけで。
「おい、兄ちゃん、出来上がったぞ」
俺のマーベラス・アーマーの魔改造が終了したようだ。
見た目は確かにほとんど変わっていない。
質感が何となくだが硬質化して高級感だしてきた感じがする。
スマート・ノートで確認すると、アストレイア・スーツ:レベル5とある。
確かに強くなっているのだろう。
「すみません、えーっと……」
トゲトゲさんと呼ぶわけにはいくまい。
「俺の名はボルタークだ」
「ありがとうボルタークさん。俺は、睦樹です」
「そうか、ムツキー、良い名を親から貰ったな。今後ともよろしくたのむぜ。俺も久しぶりに、がっつり錬金術の腕を振るわせてもらえて、楽しかったよ」
俺はボルタークさんが伸ばした手とごつい握手を交わして、商店街をあとにした。
隠世人とはいえ、人と握手したなんて、何年ぶりだろうか。
※ ※ ※ ※
エレベーターホールは、商店街の奥にあった。
「エレベーターの箱は小っさいで、シンを召喚するんは降りてからやで、ムッキーちゃん」
やっぱりそうだ。こいつ俺が嫌がっているのを察知して、わざと使ってるな。ここはガツンと言い返してやらないといかん。
さあ、言うぞ睦樹、今しっかり言い返すんだ。
「あと、値引きに成功したコミッション料な、半分の4500ジェムでええで」
「はぁ??」
「自分ワイが何も言わんかったら、そのまま馬鹿正直に12万5000払うとったやろ。
そう言われると弱い。どうしたもんか……。
「こんな詐欺師に、払うジェムは無いのですん。胡乱な山師など居なくとも、ヤドゥルがきっちり交渉したですの」
「だとさ」
「チッ、貸しにしといたるわ」
グッジョブ、ヤドゥル先生!
エレベーターのボタンを押しても、何も警告は返ってこなかった。
認証システムは、いったいどうなってるんだ?
この昇降機利用券と書かれたカードを持ってるだけで、認識するってことか?
「そういやダニエルって、ひとりでエレベーター乗れた?」
「乗れたで。回数チケットを出花にもろうたんや。それも使い切ってもうたわ。買いモンするか、チケットを買うかせんと使えんて、えげつない真似しよるで」
やはり悪魔族は、身内からもしっかり金は取るようだ。
チン、と音がして扉が開いた。
現世のエレベーターとほとんど変わらないが、作りは妙にレトロチックな雰囲気がする。
確かに狭いので、これではシンは乗り切れない。移動は何百倍も楽だが。
「さーて、敵は屋上にありーっと」
ダニエルはポチッと[R]ボタンを押している。
「え? いきなり屋上行くのか?」
「そら当たり前やん。ヴァレフォール倒して出花のガキしばくんやろ?」
「いや、もっとレベル上げとかしとかないと……」
「そんなゲームとちゃうでー、最高の武器は勇気や」
「適当過ぎるだろ!」
「んなことあるかい! 自分日本人の癖に、日本の伝統文化馬鹿にするんか?」
何をもって伝統と言っているのか、良くわからない。
「なあ、その利用券、ほんのチョイ見せてえな」
「やらないよ」
「ほんま見るだけや」
「ほらよ」
「ふーん、何の変哲もないカードやなあ……」
「もういいだろ」
「へいへい、おおきに、おおきに」
俺はダニエルがひらひらと差し出す利用券を、ひったくるようにしてポーチに入れた。
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※ ※ ※ ※
さあ、いよいよ最終決戦!
第15章9話は、令和6年11月15日公開予定!




