7. アストランティアのレベルアップ
― 前回のあらすじ ―
中野ブロードウェイ隠世1階
商店街で買い物を始めた睦樹だが
150万ものジェム持ちだったことが発覚す
俺は大事なことを聞き忘れていた。
水生那美の情報だ。
ダメ元で、ダニエルに尋ねる。
「ところでダニエル、お前水生那美って知ってる?」
「知ってるも何も、歌舞伎城地下ダンジョンで、ひでえ目に遭わされたことあるで」
「本当か?」
「嘘吐いてどないすんねん。まあ、さすが国津第一の使徒だけあったわ。深蒼死手と知っとったら、ワイも下手に手ぇなんか出さんかったけどな」
「やられたってわけか」
「なんや、睦樹くん彼女みたいなんがタイプか?」
「いや、そのー、あれだ、ちょっと訳ありって感じでね。彼女が現れそうな場所知らないかなって思って」
「ええね、ええねぇ、この殺伐とした隠世で、青春真っ盛りしてるやないの睦樹くんったら」
「そんなんじゃないって」
「隠さんでええって。ワイなら二度と近づきたくないけどな。同じ国津ならそんな心配いらんちゅうこっちゃ。でも残念やなー、ボコられたん先週やし、それから現れたちゅう情報は聞いとらんわ」
「彼女のときは、すぐ負けを認めなかったんだ」
「そんな暇くれんほどの瞬殺や。セーラー服のJKっぽいし、一匹しかシン連れとらんかったし、こらいけるわ~思うて出たらもう……。気ぃ付いたきには、なますに斬られとったわ。あれで良う助かったでほんま」
そういえば那美はシンを連れていなかった。使徒の力を封じられたと言っていたな。
あの後、シンを取り戻せたんだろうか?
それほど腕の立つ彼女を幽閉できるヤツって、どんなだろう。
いや、もしかしたら、何か罠にはめられたのかも知れない。
「相馬吾朗ってのは、知ってる?」
「そうまごろう……うーん、聞いたことあるような無いような……そいつ、自分のライバルなん?」
「いや、もう使徒は引退したらしい」
「そっか、やっぱ知らんなあ………。それより水生那美のこと、何か小耳に挟んだらTReEで教えたるで。あ、これは特別にタダでええねん」
ショップの店員に、思い切って那美のことを聞いてみても、一般的な情報しか得られなかった。
国津神第一の使徒で、凄腕の日本刀の使い手。
深蒼死手と仇名され、畏怖されていた。
それは、一瞬でシンたちの防御陣をくぐり抜け、使徒だけを倒すという彼女の恐るべき戦闘方法と、隠世なのにプロテクターを身にまとわず、紺色のセーラー服で舞うように戦うということに由来する二つ名だった。
ただし制服には、強力な守護術式が掛けてあるという話しらしい。
最新の目撃情報はなかったが、これだけの噂が隠世人にも知られているというのは、やはり彼女は相当に目立つ存在だったのだろう。
逆に相馬吾朗のことは、誰も知らなかった。影薄かったのか、ゴロー。
しかし、それほど有名な深蒼死手の姿を先週まで知らなかったってのは、もしかしてダニエルも使徒初心者なのか?
それにしては、いろいろな情報を知っていたが。
日本に来てあまり日にちが経っていない、という可能性もあるか。
ついでにあの銀緑の葉を売ったら幾らになるか聞いてみたら、[身洗の葉]といって、何と一枚1500ジェムもした。
回復薬の買い取り価格の15倍なのだ。EPの他に精神的な異常状態も回復させるのだという。
ヤドゥル、使う前にちゃんと説明してくれ! と一瞬思ったが、ヤドゥルもそんなに知らなかったのかも知れない。
俺は回復薬をさらに10個2000ジェムと、状態異常回復用の治癒薬10個2200ジェム、さらにAP回復用の招気薬というのを10個2600ジェム買い足して、身洗の葉をなるべく温存できるようにした。
さらにそれらを容れる小型のバックパックが800ジェム。
合計7600ジェム、さっきのと合わせて9600ジェムの出費だ。
店の品物は、スマホが変化したスマート・ノートのカメラで覗くと、その機能が解説されることを思いついた。
もしかしたら、吾朗の記憶から引っ張り出したのかも知れないが、かなり便利だ。
そうやって商品を見ていると、トゲトゲ付き黒レザーゴスのゴツい男が話しかけてきた。
「兄ちゃん、気に入ったのあったかい?」
「いや……その、まあまあ、いいかなと思えるのは、あるんですけど……。今の防具にはちょっと思い入れがあったりして……ど、どうしようかと……」
「ふふん、確かに兄ちゃんのは、見たことがないアーマーだな。そいつが気に入ってるんなら、見た目は変えずにガッツリ強化する方法があるぜ?」
「え……それは、本当ですか?」
「もちろんさね。俺は錬金もできる防具屋だからな。錬金術には、それなりにジェムもかかるけど、いけるか?」
「ダイジョブかな、ヤドゥル?」
「信用して大丈夫ですん。ジェムのゆとりもありますの」
うん、ジェムのゆとりは知ってる。
「どのくらい強化する余地があるか、見せてくれねぇと分からんがね」
「じゃあ、お願いしてみようかな」
「んじゃ、アーマー脱いでくれ」
しまった、俺このアーマー脱いだことない。
どうすりゃ脱げるんだ? と思った途端、体が軽くなった。
アーマーが消え去っていたのだ。
周りを見渡しても、どこにも無い。
ふと、思いついてベルトのポーチを探ると、そこにはアストランティアのフィギュアがあった。
なるほど、脱ぎたいと思えば、元に戻るのか。
では装着ではなく、トレジャー化しろと念じれば……俺の腕には、アーマーが抱えられていた。
俺はトゲトゲ店員に、アストランティアのアーマーを渡した。
「こりゃあ……かなり上げられるぜ。ただ、今うちにあるものだけじゃあ、限界がある」
「限界?」
「そうだ。適合する資材装備に宿るスピリットを抽出して、ジェムをマテリアル化したものに溶かし込み、アンタの装備にシンクロさせて、霊性を高めて錬金するんだが、さらに上げるには、特定の魔晶石が必要だ。今中野では手に入らない」
半分も理解できなかったが、適当に頷いておく。
「じゃあ、今できる限界までやると、幾らかかります?」
「そうさな、資材にするジャンク装備を、まとめて少し割り引いてやるよ。で、えーと……」
トゲトゲさんは、ノートパッドのようなもので計算をしている。
現世のものが変化せずに、そのまま入り込んでいるのか?
そうなるとネット環境とかは、どうなってるんだろう。
「まあ、こんなもんだな」
ノートパッドの表示をこちらに見せる。
数値は、12万5000。
決して安くはないだろう。でも俺は余裕で払える。
「これで、今のレベル1から、一気にレベル5まで上げられるぜ」
「ヒュー!」
いつの間にダニエルが、後ろから覗き込んでいた。
「おっちゃん、これボッタくり過ぎちゃうか~?」
「なんだ、お前は?」
「ワイはこいつのダチやねん」
ダチなのか?
まあ、そうなんだろうな。
ってことは、お前が俺の唯一の人族の友達かよ。ちょっと泣けてくるぜ。
そういうことだから、しょうがない、俺は黙ってうなずいとく。
「ダチだろうがダボだろうが、ボッタくりたぁ、言い掛かりも良いところだぜ? とっぽい兄ちゃんよぉ」
トゲトゲさんが、ぐいっと身を乗り出して圧を掛けてくる。
「いや~、そやな、確かにそうや。ワイもちょいと言い過ぎたで。そやけど、いきなり12万5000はきっついちゃうか? もうちいとくらい、まからへんの?」
「やれやれ、変なのがくっついてきやがったな。じゃあ、5000オマケしといてやる。これ以上は無理だぜ」
「そこを、10万ぽっきりで!」
「ざっけんじゃねえ! ナカノだからって、甘く見てもらっちゃ困るぜ。うちの仕事はシンジュクどころか、ギンザでも通用するんだ。一昨日来やがれ」
「11万ならどや?」
「しつけえなあ! 11万8000が限界だ」
「あの~……11万5000でどうですか?」
俺もちょと、こういうのやってみたかった。
でも、あまりに押し弱すぎてポンコツだ。
トゲトゲさんもやれやれって感じで首を振っている。
「しゃあねえ、11万6000で手を打ってやろう」
「ありがとうございます。それでお願いします」
「なんや、ムッキーちゃん交渉できるやないの」
「いや、店員さんが優しかっただけだよ」
「あれや、自分かまってちゃんじゃのうて、逆にかまって上げちゃいたくなるちゃんやな。そやからヤドルちゃんも付いてきてくれるんやで」
適当な分析をされて、うざいことこの上ない。
「宿得ですん。それに宿得は重要な使命を帯びて、主さまのご案内者をしているですの」
パイロットが、重要な使命だったとは。
それって、どっからの使命なんだ?
聞いてもまた「禁則事項ですん」とか言われそうだが。
それにしても、そんな大事なこと、こんな奴に話していいのかちょっと心配になる。
「おい、さっさとジェムを寄越しな。もたもたしてると、値引きはなしだ!」
「ヤドゥル、頼むよ。11万6000」
「はいですん」
ヤドゥルが巾着から大量のジェムを出すのを、ダニエルは羨ましそうに覗いている。
まさか裏切って狙ってこないだろうか心配になる。
友達を疑うのかとか言われそうだが、そう考えると、こいつはただの協力者で、実は友達じゃないってことで腑に落ちた。
やっぱり、俺には友達はいない。
別に寂しくなんかない。
それで無問題。
だって、俺には頼れるシンたちがいるんだから。
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残念ながら那美のたいした情報は得られなかったが
防具強化ができることになった睦樹
中野攻略に一歩近づいた?
第15章8話は、令和6年11月14日公開予定!




