10. 空中庭園の兄妹
― 前回のあらすじ ―
デッドリー・ドッグ、キャットの集団を
何とか狗神に取り込むのに成功した睦樹
気がつくと、冥府の守護獣ケルベロスは消えていた
黄昏の空が塔を包んでいた。
その屋上には、ライトアップされた空中庭園があった。
瀟洒な白いガゼボの椅子には、仲睦まじい兄妹が並んで座っていた。
小さなテーブルいっぱいに、アフタヌーンティーがセットされ、二人はそれを心ゆくまで楽しんでいた。
お揃いの白い服で、兄は中学二年生、妹は小学六年生といったところか。
二人とも目がパッチリとして顔立ちが整っており、庭園の一角を切り取れば、一幅の絵のように美しい。
兄が妹にフォークでケーキを食べさせている。
その睦ましさは微笑ましいほどだ。
少女がその香りと甘さが口の中に広がる嬉しさを、とろけそうな笑顔で兄に伝える。
給仕をするため控えているのは、2メートル近い長身の毛深いゴブリンだ。
ピチピチに着込んだ黒の執事服がミスマッチだが、常識に因われない目で見れば、似合っているともいえる。
ティーポットを長く黒い爪の先で器用につまんで、カップに注いでいる。
「ありがとう、セバスチャン」
執事は黙礼して下がる。
湯気を立てているのは、スコットランドの桃色の花ヘザーを混ぜた、香り高い紅茶である。
「お紅茶おいしいね、おニィちゃん!」
「ああ、いい香りだろ? 甘いミルクティーにすれば、なんたってスコーンに合うんだよ」
「スコーン食べるぅ~」
「ほら、取ってやるよ」
少女はガラスの花のピッチャーからミルクをカップに注ぎ、角砂糖を三つ入れてかき回す。
少年がケーキスタンドからスコーンを取って、小さく千切って皿に置いてやる。
少女はそれを嬉しそうに頬張り、お茶を啜った。
「おいしい~~! ミルクティーに合うよぉ」
「だろ? ボクが編み出した食べ合わせなんだ」
「あ、トミーちゃんだよ」
少女が庭を横切る黒い影を指さす。
それは、大型犬に近い体躯を持つ黒猫ファントム・キャットだった。
シッポをピンと立て、急ぎ足でガゼボに至る階段までやってくると、やおら二本脚で立ち上がった。
「どうした、ビネガー・トム?」
少年の口調がガラリと変わり、大人びたクールなものに変わる。
「は、申し上げます。デッドリー・ドッグ&キャット、そして魔獣ケルベロス、すべて消失です。獣霊防衛作戦が無に帰しました」
「なん……だとっ!!」
勢いよく立ち上がる少年。
テーブルにぶつかり紅茶がカップからこぼれる。
「お兄ちゃん、お行儀悪い」
「ごめん、燕……ちょっと待ってて」
「はーい」
少年は階段を降り、黒猫と肩を並べて歩きながら問う。
「まさか、冥府の守護獣ケルベロスが負けたのか?」
「いいえ、デッドリーたちの霊が、すべて狗神に吸収されました」
「え?」
「ケルベロスは、守護する対象が消えたので、常世に還りました」
「え、え………ええええ??」
すぐには理解できず、フリーズする。
「なんだとぉおおーー!? どういうことだっ、それ?!!」
少年は可愛いかった顔を、怒りに歪ませた。
この中野防衛作戦は、完璧だと信じていた。
それが一気に覆されたのだ。
この中野という土地は犬と縁がある。
江戸初期、五代将軍徳川綱吉が生類憐みの令を発した際に、中野には広大な犬の保護施設が作られたのだ。
その縁の力を利用し、都内で殺処分された犬を中心とする動物たちの霊を呼び寄せ、エーテルの肉体を与えた。
そしてその守護を冥府に祈願し、それが受け入れられて、ケルベロスの召喚に成功したのだ。
本来なら自分より数段格上のケルベロスを、召喚し使役することなど不可能だ。
しかし、こうした哀れなる獣霊の守護者という形にすることで、中野ブロードウェイ隠世に呼び寄せることに成功したのだ。
つまり、彼はケルベロスを使役している訳では無く、ケルベロスが獣霊を憐れんで、自主的に滞在してくれる状況を作ったのだ。
そして、敵対者がデッドリー・ドッグと交戦すれば、そのままケルベロスを敵に回すことになる。
そうなれば、大概の侵入者は撃退できるだろう。
中野のルーラー出花隼は、労せずしてこの地を守ることができるはずであった。
「犬養睦樹は、デッドリー・ドッグとキャットの霊を、すべて狗神に吸収することでファミリアとし、救済したのです」
「そんな、あり得ない……あり得るはずない!! たかが狗神一匹に、あれだけの怨霊を支えきれるはずがないんだ!」
「それが……残念ながら、起きてしまったのです」
「クソ!!」
少年は怒りに任せ、観葉植物の植えられた、テラコッタの鉢を蹴りつけて粉砕した。
ふつうの中学生では逆に怪我してしまうが、その華奢な体から想像できないほど、少年の力は恐ろしく強化されている。
「ダニエル! ダニエルはどこだ!?」
「あちらの、煙が上がっているところかと……」
「また、あいつ!」
吐き捨ているように言うと、少年は足音も荒く、その狼煙が上がる場所へと向かっていった。
「ダニエル! 庭園ではタバコを吸うなって言ってるだろ!」
「おや坊っちゃん、ご機嫌斜めのようやねえ」
庭園で寝っ転がってタバコを楽しんでいたのは、レザースーツに身を包んだ、今風のイケメンだ。
部分的に金髪に染めたヘアスタイル、首には白いマフを巻き、かなり目立つ出で立ちである。
「それ、消せよ!」
「へいへい……スイマセン、吸ってるけどスイマセンってな、アハハハ」
「ざけるなよ!」
「えへへ、性分なもんで~」
「ケルベロスが還ってしまった」
「ええ? そらエライコッチャで。なんでまた?」
「デッドリー・ドッグ&キャットの霊が、みな狗神に吸収されて、救済されてしまったのです」
後から来た黒猫のビネガー・トムが説明する。
「え? 狗神ってあの狂霊化して、坊っちゃんも手えだせんかった奴?」
「坊っちゃんは止めろ、僕がルーラーだ」
「ああ、スンマセン、言いやすいもんでつい~。えっと~、ルーラー出花サマも手えだせんかった奴にでっか?」
「いいえ、国津神第三使徒の犬養睦樹が、シンにしたのです」
「そらオカシイちゃいます? だって、狗神のレベルは確か12、ムッキーちゃんのレベルは9でっしゃろ? シンにできるはずナイでしょ?」
「あり得ないことだけど、そうなっちまったんだ」
「あちゃー、なんやその犬養、その名の通り犬飼うの上手いのかーいって」
「ざけるなよ!」
「でへへ、性分なもんで~」
「デッドリー・ドッグたちが救済されたので、ケルベロスは常世に還ってしまいました」
「まあ、そうなるわな~」
「ダニエル張、そういうワケだから、お前犬養を倒してこい」
「え? ワイが? そんなぁ、ムッキーちゃんに勝てるほど強くないっすよ、ホンマ弱いんすからオレ様」
「変な謙遜しなくても、お前が強いのは知ってる」
「いや~、マジでそこそこですねん。それよりルーラー様がご一緒なら、確実に倒せまっせー?」
「僕はお前がやられたときに備えて、ここで準備することがある」
「アチャ~、それ酷くない? 坊っちゃん、それ酷すぎるわホンマ!」
「足止めでいい。時間を稼げ、ダニエル」
「ヘイヘイ、ごっつ人使い荒い上司やわ。イヤやわ~転職したいで、ホンマ~」
ダニエル張がブツクサ言いながら去っていく。
「おニィちゃん、だいじょうぶ?」
いつのまにガゼボから降りてきた白の少女が、心配そうにして立っていた。
「ああ、だいじょうぶだよ。ぜったいにここは守ってみせるから。お前と僕のために……誰にも邪魔させたりはしないんだから」
少年は優しい笑顔で、少女の頭を撫でるのだった。
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新キャラダニエル張登場!
謎の関西弁の国籍不明!
睦樹と激突することになるのか?
第15章11話は、土曜日はお休みして、令和6年11月3日公開予定!




