3. 風使いの悪魔ストラス
― 前回のあらすじ ―
霧の中から現れた蔓から空を飛んで逃れ
ストラスに引っ張られてレギオンの集団と対峙する誠士郎
喧嘩上等となるか?!
美少女悪魔ストラスは、レギオンどもに優しく語りかける。
「はい、皆んなちゃんと聞いて! それよりダメなことあるでしょ~?」
(オレを食うよりダメなのかよ!)
「なんでボクの方に向かってくるかな~。そのまま歩いててって言ったよね?」
「ぶぅ~~~」
「るるうぅぅぅ~~~」
「大変なことが起こったんだよ! おっかないのが迫ってきてるんだ! さあ、方向転換! 全速で逃げるんだ!!」
「じゃぁぁぁ~~~」
「きゃぁぁぁ~~~~」
「誠士郎、ボクの腰にしっかり捕まって!」
「え?」
「早く! 遠慮しないで!」
「わあった!」
誠士郎はナイフをハンカチに巻いてポケットに入れると、細い腰に手を回す。
するとストラスは大きく翼を広げた。
「行っくよーー!」
更にそれは大きく広がった。
そして特大の羽ばたきを、生ける屍の群れに向かって、ひと打ちした。
猛烈な突風!
レギオンたちは風に煽られて、強制的に方向転換させられた。
倒れて転がって行く者もいるが、手足が多くあるので、別の手足で進んでいる風で問題ない。
誠士郎は風に体を持っていかれまいと、きつく少女の腰にしがみついていた。
とても細く、そして柔らかい。
この体のどこに、あれだけの力が秘められているのだろうか。
さらに翼は突風を送り出す。
レギオンたちは、さらなる風に煽られて一斉に走り出した。
「さあ、そのまま捕まってて!」
「うおっ!」
言うなりストラスは飛翔した。
集団をどんどん追い抜いていく。
そして先頭に出ると、ホバリングしながら空中で静止して、体に似合わぬ大音声で呼びかけた。
「さあ、もう少しで塔に入れるよ! みんな頑張れ~!」
「ふぉおおおおお~~~ん」
「死んだほうがマシだって? このくらい走るのがなんなのさ。だいたい君たち死んでるんだからねすでに」
「そうなのか?」
「そうだよ、あれは死霊の塊レギオン。死んだ人たちの霊が集まって出来てるんだ。でもまあ、ここで死ぬと第二の死になるんだろうけどね」
「第二の死って、どういう……?」
「ここで死んだ後、あの子たちの還る場所ってさ、この隠世なんかよりめちゃくちゃ酷いんだよね」
「ここよりひでー場所って……どんだけだ?」
「まあ、人間が地獄って呼ぶような世界なんだけど、そこに行ったら、二度と出られないわけ。死が無いからずっとそのまんまさ」
「地獄……あるのか、マジで?」
「え? あるけど、人間って地獄を信じてるんじゃないの?」
「そう……だな……でも、信じてない奴も多いさ」
「だからレギオンがここで死んじゃうと、もっとツラいんだけどな~」
北誠士郎は愕然としていた。
レギオンに同情したからではない。
これまでの生き方を振り返り、自分が死んだら確実に地獄落ちだろうと確信したからだ。
己のちっぽけなプライドと我欲のために、他人を踏みにじってきた人生。
そのくせ自分より強いやつには、へいこら頭を下げる惰弱さ。
つくづく情け無いと思う。
ここよりさらに酷い場所があるのかと、想像するだけで怖気をふるった。
(そんなら、しゃーないわ。今からビビってどうすんだ……)
諦観も切り替えも早かった。
今まだマシなうちに、やれることをやろう。
後悔しないように、全力でやるしかない――そう決意する誠士郎だった。
そして、眼下の死霊共を睨みつけると、ストラスに負けない大声で叫びだした。
「てめぇら死ぬ気で走れぇごるぁ!! ここで死んじまったら、もっとひでえジゴクが待ってんだぞ、くぉのクソヤロウどもがっ!! とっととキャーがれボケェ!!」
「おー、誠士郎やるねえ」
何と、その言葉には力があった。
レギオンたちはその言霊に共鳴し、奮い立ち、手足の速度を上げた。
「レギオンども、やる気だしやがったか?」
「君の声、ちゃんと呪が載ってたよ」
「あぁん? どういうこっちゃそれ?」
「言葉に力があるってこと」
「チカラが? オレの言葉に……?」
しかし緑の蔓は、すでに霧の範囲からも外に出ていて、レギオンの最後尾に、まさに追いつこうとしているところだった。
「あぶねぇ! 走れ!」
声援虚しく、最後尾を走る一体が足首を掴まれた。
蔓は容赦なく肉体を絡め取っていく。
させまいとレギオンが激しくもがくと、そこから数体が分離して、別個に走り出した。
「よし、ガンバレ、てめえら!」
バラけたはぐれレギオンは、暗い灰青色の肌の色以外はふつうの人間と変わらない。
散開して上手く走り出したものの、次々と蔓に絡め取られてしまった。
「くそ……ダメか、あいつら殺されるのか?」
「いや~、どうなるんだろう? ボクにも分からない」
「あれ? ひとりだけ無事みたいだぞ?」
「あ、なんかいるね。でももうすぐ、霧の中に入っちゃうな」
一体の女性だけが、うずくまっていたために難を逃れていたのだ。
この超常の者は、動くものに反応するようだが、それに気づいた者は、逃げる側にはまだいない。
うずくまる女は、ただもう諦めているだけだ。
突然、大地の一部が盛り上がり、巨大な円筒形の筒のような塊が現れた。
直径は十メートルはあろうかという茶色い筒状の怪物から、無数の蔓が生えているのだ。
「な、なんだアレは!?」
「何だろうね~、醜くすぎて恐すぎだよ。あ~やだやだ」
筒の中央に丸い穴が空いたかと思うと、それはどんどん広がり、筒いっぱいに広がった。
穴の内側にも、びっしりと茶色い先細った蔓状のものが生えている。
最初に捕まったレギオン本体は、吊り下げられた蔓から解放されると、そのまま開いた穴に落ちて行った。
他のバラけた人型も、蔓に引っ張られて穴に放り込まれてしまった。
「ぎゃ~~! 悪食~~~!!」
「え? あれ、喰われたのか?」
「そうだよ~。何体持ってかれるかな~。怒られるなあ~~」
「誰に怒られるんだよ?」
「ん~、君はまだ知らなくていいや」
「チッ!」
筒は再び地中に消え去るが、蔓はうねうねと蛇のようにレギオンを追い続ける。
二人はレギオンを先導しながら屹立する巨大な塔、高く引き伸ばされた大聖堂のような建造物の近くに降り立った。
これが初台のオペラの塔である。
悪魔族の女帝、第二使徒の魔女一色百合子が支配する隠世タワーだ。
ストラスも、かつて相馬吾朗にヴィジョンを見せたバラムも、この魔女に仕えているのだ。
ストラスもバラムも、ソロモン王が封じたという72の魔神の一柱であり、悪魔の中でも上位の存在である。
それらを二体以上シンとして所有する魔女は、相当な力を持っているといえよう。
この女帝と渾名されるほど、傍若無人に好き放題振る舞う女怪と、この後引き合わされるであろうことは、まだ北誠士郎は知らない。
知っていたら、とっとと逃げ出していたことだろう。
「遅れそうなのを、助けに行かないのか?」
「あんなのとどうやって戦うのよ?」
「空からやりゃー、なんとかならねぇのか?」
「相手地属性で、こっち風属性だから、相性悪すぎだし~」
「属性ってなんだ?」
「今説明してる暇ないよ」
「後で教えてくれるか?」
「わかった、後で教えるから!」
「けど、ただ待ってるのは、性に合わねえ」
「君も助けに行くつもりだったの? ぜったい無理だって。それに霧の中にもっと怖いのがいるよ。あれにはぜったい関わっちゃダメだ」
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ストラスもビビる怪獣に喰われていくレギオン
霧の中にはさらに恐ろしいやつが?
生き残りを懸けて走れレギオン!
第15章4話は、令和6年10月26日公開予定!




