2. 霧とレギオン
― 前回のあらすじ ―
新宿隠世の荒野を一人行く男
彼は相馬吾朗を追って隠世に迷い込んだ
チンピラのクズ一男だった
それを見つけた悪魔ストラスが「回収」に向かう
歌舞伎城近くの荒野を飛翔する美少女悪魔ストラスは、地上を眺めてちょっと憂鬱な気持ちを覚えていた。
「何か霧が出てきたな~。嫌な感じ。とっとと済ませちゃおう」
男の行く手、歌舞伎城方面には、アストラルの濃霧が発生していた。
隠世では良くあることとはいえ、その中心には、何らかの強壮な超常の者が顕現していることが多いのだ。
その存在の力の大きさにより、周辺のアストラル大気に影響が出て、霧が発生することがあるのだ。
霧が接近すると、驚いた魚群の動きのように、水の精霊たちの青い光の波が広がり、群れが割れて逃れていった。
スプライトたちも、霧から一目散に逃げている。
「ますます怪しいぞ」
しかしストラスは、その霧に向かって独り黙々と歩く男を見ると、なぜだか茶目っ気がむらむらと頭をもたげてきた。
危機が迫っているかも知れないというのに、抑えられない気持ちに素直に従ってしまう。
男の背後に音もなく着地すると、翼を消してから、わざと大きな声で話し掛けた。
「お兄さん、どうしたの?! こんなところで!」
「うわっ!」
男は跳び上がって、面白いくらいに驚いた。
「アハハハハハ! びっくりした?」
男が振り向いてナイフを構えても動じず、悪魔の少女は相変わらずケタケタ笑っていた。
状況と場所が違えば、可愛い姿と目に映るのだろうが、男にはそれを感じ取る余裕はなかった。
「ゴメンゴメン、驚ろかして…… だいじょうぶだよ~、そんなに警戒しなくたって」
「お、お前は人間か?」
「う~ん、姿は人間だけどね、違うんだな」
「何が望みだ?」
「せっかちだなぁ、お兄さん。まぁ霧が迫って来てるから、ボクもちょっと急いでるんだけどさ。そこまで忙しないと、女の子にモテないよ?」
「るせえ!」
男はジリジリと後退する。霧の縁はすでに到達していて、だんだん視界が悪くなってきている。
「あ、お兄さん、そっち行ったら危ないと思うよ。だからボクと、あっちに行こう?」
黒髪の美少女は、その白く華奢な手を差し出す。
その愛らしい仕草に、男は一瞬迷った。
長い時間を人との会話もなく、生死を懸けて孤独に戦ってきたのだ。
この娘の話を信頼してみたい。
しかし、今まで隠世で生き抜いてこられた拠り所である彼の直観が、今まさにアラートを鳴らし続けているのだ。
だが彼は知らない。
そのアラートがこの少女に対してのものであるのか、それともまだ見ぬ霧の中の存在に対してなのか、あるいはその両方に向けてなのか……。
けっきょく、男は人の姿をした者に対する希求に抗えなかった。
その人成らざる美しい少女の白い手を取り、そしていつもの調子で問うた。
「てめぇ、ナニもんだ?」
「ああ、紹介が遅れちゃったね。ボクはストラスという悪魔だよ。大丈夫、取って喰ったりはしないさ。で、お兄さんは?」
「オレは人間だ。名は北誠士郎」
「そう、よろしくね誠士郎。早速だけど、覚悟はいい?」
「はぁ? 何のだ?」
「逃げるの!!」
誠士郎はつないだ手を、ぐいと引っ張られた。もの凄い力だ。
「おい、ちょっと……」
バサリ――と、少女はその背に不吉な影を広げる。
その時、彼らの足元の乾いた大地には、青々とした植物の蔓が伸びてきていた。
「離しちゃダメだよ」
「わああ!」
そのまま二人は、ふわりと宙に浮く。
青いアストラル光の粒が辺りに舞い散った。
蔓は不毛の大地からその先端をもたげ、光を求めるかのように、逃げる獲物へと迫る。
男の伸びた左足が、それに巻き付かれた。
「何だ? 足が!」
蔓は足からするすると上に伸び、体ごと絡め取ろうとする。
「うわわわ……」
左手に持ち替えていたナイフで切ろうとするが、切った端から次のが伸びてくる。
「わ、なにソレ? 邪魔なんだけど!」
少女は細身の剣を器用に左手で抜き放ち、間合いの外の蔓に向かって振り降ろした。
すると、見えぬ刃が伸びた蔓を打ち、きれいに切断する。
男の足が自由になると、二人は空に舞い上がった。
彼の体には、まだ緑の紐のようなものが絡みついて、うねうねと動いているが、何か邪魔するような力は残されてはいない。
水平飛行に移ると、彼女は地上の様子を見て、さらに憂鬱を深めることになる。
「ありゃりゃあ、レギオンがやられちゃうかも。ちょっと急ぐよ!」
「うわ!」
漆黒の鴉の翼が大きく羽ばたく。
無数のアストラル・ドットが、一気に後方に噴出された。
誠士郎が振り返ると、速度は遅いものの、霧は二人を追うように迫ってくる。
彼はその霧の中ほどに、大きな人影を見た気がした。
右手を強く引っ張られたまま飛行しているのだが、全体重がその手にかかっているのに、苦痛を感じないのを不思議に思う。
実は北誠士郎は、これまで超常の者や隠世の者を倒すことで、知らぬ間にレベルアップして、肉体強化がなされていたのだ。
ストラスが彼に興味を持ったのも、隠世で生き抜いてレベルまで上げている人間が、極めて珍しいと思ったからなのだ。
ほどなくして、ストラスはレギオンの群れの先頭に降り立った。
こちらにふらふらと歩いてくるレギオンたちを、誠士郎は正面から見つめた。
それは男女問わず、複数の裸体の人間が苦しげな姿態で合体し、醜く融合した姿だった。
手足が何対もあるのは当たり前。
苦悩に歪む体は重なり合い、あるいは複数の体が別の体から生えたように広がり、人の背丈よりだいぶ高くなっている。
頭部もいろいろなところから突き出したり、逆に体に埋もれたりしている。
複数混ざり合っている顔面の様子は、かなり悍ましいものがある。
(こいつとは、前にやり合ったな)
同じ個体かは分からないが、以前瓦礫街に隠れていた時、誠士郎はレギオンと遭遇していたのだ。
遠くからレギオンを発見した彼は、この敵はヤバい奴と判断し、物陰に隠れじっとしていた。
しかし、レギオンはなぜだか、まっすぐ彼の方に近寄って来たのだ。
このままでは捕まると思って、早めに逃げ出した。
近くの建物の中に飛び込み、音を立てないように屋上まで登ると、屋根伝いにできるだけ静かに移動した。
そして通りに面した建物に飛び移ると、一階まで降りて、窓際の壁に身を潜めた。
ここならまた階上にも、逆に外にも逃げられるからだ。
しかし、いつの間にか近くまで迫られていて、いきなり窓から中を覗き込まれたのだ。
彼がとっさにナイフで頭部に切りつけると、刃が赤く光り、深く入った裂傷からは煙が上がった。
こうしてレギオンは、不気味な鳴き声を上げながら、退散したのだった。
一体だったから良かったものの、これが複数体居たら制しきれない。
彼はそう警戒していた。
それがレギオンの群れの前に降ろされ、最初はヤバいと思った誠士郎だったが、直観は〈だいじょうぶ〉と告げていた。
彼はそれを信じることにして、平静を装った。
「はーい、皆んなー、静粛にー!」
「ゔぅ~~~」
「おぉおお~~~」
「静かに~~、それはなしですよ、この人は食べちゃだめ!」
「おい、今なんて?!」
「ほおぉぉぉ~~」
「合体もできません!」
「合体って……」
(こいつらの一部になるってか? ジョーダンじゃねえぞ!)
だがしかし、レギオンはストラスの命令には従うとみた誠士郎は、ひとまず心を落ち着かせることにした。
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ストラスに助けられた、外道チンピラ北誠士郎の運命は?
そして謎の霧の正体は??
第15章3話は、令和6年10月25日公開予定!




