5. 妖精に捧げるナニカ
― 前回のあらすじ ―
小さいオジサンをシンにしたあと
青紫の花妖精が現れ、睦月は己を捨ててヨイショする
妖精さんのお話を聞きたいと乞うのだが
その対価を行動を求められる
話で盛り上げるのは、はっきり言って苦手だ。
なので、さっきもかなり無理をして、ああなってしまった。
パソコンを前にしてなら、きっとチャットでスラスラと、妄想とかが出てくるはずなのに、今は望むべくもない!
妖精さんが、俺が無理している表情を面白がってくれたのか、褒め倒したのが良かったのか、今のところさっぱり分からない。
とりあえず、ここまでは何とかきた。
さあ、どうする? 妖精さんを喜ばすために、何をしたらいい??
なんか楽しいこと、今できる楽しいことだ。
歌う? ――俺高校で同じクラスやつと行ったカラオケ、トラウマレベルだし。
漫才? ――なんでやねん、問題外。
踊る? ――イヤイヤイヤ無理でしょ。
でも、そういやヤドゥルの動きは踊りみたいで可愛かったな。
うん、そうだ、それしかない。
それでいけ! ヤドゥルさま、どうかお願い!
「このヤドゥルという、とっても可愛いオートマタが、踊ってみせます!」
「え? え? えええ? どうして宿得が踊るのですん?」
「ヤドゥルしか、この状況を救える存在がないんだ! どうかお願いしますヤドゥルさま!」
「宿得は踊れないですの」
いや、何とかならんのか、そこ……じっとヤドゥルを見つめる。
とても困惑している。
妖精さんをチラ見する。
なんかニマニマしている。
ダメ出しか?
詰みか? これで詰みなのか?
ええい、ならば仕方ない!!
「じゃあ、俺と踊ろう」
もうヤケだ。
失うものなど何も無い!!
俺はヤドゥルの手を取ると、回りながら踊り出した。
時折両手を引っ張り上げてヤドゥル・ジャンプ! とても軽いのでひょいと高く持ち上がる。
「わ、わ、わ、わわわわわ」
もうテンション、上げ上げでイクしか無い!
「妖精さんのお話し聞きたいな~~!♪」
音痴とか、音階とか、そういった既成概念を超越した、俺の歌を聞け~~!!
「わひ、ひ、ひ、ひひひひ」
そうだ、妖精の踊りといえば、なんか輪になって踊るイラストを見たことある。
それがイイかもだ。
いや、それで間違いない。
それしかナイ!!
「さあ、八郎丸も!」
「我らが主よ、我らは、かような……」
「妖精さんのお話し聞きたいな~~!♪」
「ふしゅるるるる~」
狗神の左右の歯の間から漏れる、空気の抜けた音だ。
空気と一緒に抵抗する力も抜ける。
押し切られて狗神も輪に加わった。
鼻にしわ寄せながら、でも尻尾はシュンと垂れている。
(ゴメン、八郎丸。だが、頑張れ!)
「ベトベトさんたちもだー」
ぬらりとした体からひゅいーっと触腕が伸びて、俺とヤドゥルと手をつなぐベト1。
ベト2は俺と狗神と手をつなぐ。
ちょっと不気味だ。
しかし、ベトベトさんたちは、嫌そうには見えない。
もちろん表情はないのだが。
オイリー・ジェリーは、どうやらこういうのは嫌いじゃないようで、自らベト1の頭の上に飛び乗って跳ねだした。
足にベトベトさんの体がひっつくので、ヌッチャヌッチャ糸を引いて奇妙なことになっている。
「チュキキッー!!」
しかし、どうやら楽しいようだ。
スネコスリとプリンス・クロウリーは、踊りの輪の中に入ってしまう。
スネコスリはどうしたらいいのかキョドっていて、なるべく俺を正面に捉えようと、うろうろするように回転しだした。
その姿、とても愛らしい。
それに対してプリンスは不動のまま、足をパタパタさせている。
なんか、参加したいようだ。
「妖精さんのお話し聞きたいな~~!♪」
「ぶお、ぶおおおおおおお~~~~」
プリンスが吠えた?
(ウロウロ……)
スネコスリは、俺を見ながらプリンスの周りをウロウロ回っている。
「さあ、ともぞうさんも」
「「妖精さんのお話し聞きたいな~~!♪」」
「ぶおおおおおおおお~~~ん」
(ウロウロ……)
「キキーキキー!」
ちいさいオジサンは、か細く唱和してくれた。
オジサンの歌の方が、断然音取れているので、俺はそれに合わせることにする。
オイリー・ジェリーは、よほど楽しいのか、興奮して叫びだした。
背丈のギャップで、もう輪はガタガタだが、いよいよ俺は最終ターゲットを巻き込もうとする。
「さあ、君も一緒に!」
俺は妖精の小さな手を指先でそっと持ち上げ、一緒に回る。
「「「妖精さんのお話し聞きたいな~~!♪」」」
「ぶほぶおおおおおおおお~~~ん」
(ウロウロ……)
「キキ?」
妖精も歌いだした。じつに美しい声だ。
しかし、もうカオス、カオス過ぎる。
「「「妖精さんのお話し聞きたいな~~!♪」」」
「ぶ、ぶほおおおおおおおお~~~ん」
(ウロウロ……)
「主さまあ……」
「クーン」
「キキキキー!」
「「「妖精さんのお話し聞きたいな~~!♪」」」
「ぶぶぶほおおおおおおおおお~~~ん」
「チキキキキー!」
(ウロウロ……)
「キャハハハハハハ!」
「妖精さんが笑った~~」
「キャハハ、あんたたち、どんだけバカなのよさ?」
「「妖精さんのお話聞きたいな~~♪」」
「ぶっおおおおおおおお~~~ん」
(ウロウロ……)
「チュキッキキーキー!」
「キャハハハ! こんなドイヒーなダンス初めてだわさ!」
「え? やっぱダメだったのか?」
こんなに己を捨て去り頑張ったのに!
「キャハハ! その顔!! サイコー! それにあんたのシンたちの情けない様子ったら! キャハ、キャハハ、キャハハハッ! こいつぁたまんねーさねー」
妖精は宙で転げ回って笑っていた。
どうやらご満足いただけたようだ。
だがしかし、俺の精神的HPへのダメージは振り切れてる。
俺は俺という人格をどこぞに放り投げ、すでに俺ではない何かになってしまっていた。
さらば俺……。
では俺とはいったい誰だったのだ?
いつの間に相馬吾朗の夢的共鳴者になっていたり、国津神の使徒になっていた時点で、そんな深層に紐づけられるアイデンティティの諸問題など、俺にとってはもはや贅沢品といっていいのだろう。
もう、どうにでもしてくれ。
何とか妖精の興味を惹くことができた
この流れでシンにすることができるのか?
第14章6話は、令和6年10月15日公開予定!




