11. 現れし強者
首を失ったまま立ち往生している屍の背後の暗闇から、大きな影が立ち現れた。
ビリビリと空気を震わせる濃密な霊圧!!
どんなに鈍感な使徒だろうと、抜きん出て強壮な超常の者だと感じ取れるレベルだ。
付き従う精霊虫たちの放つ、オレンジ色の燐光に照らし出されたその姿は、まさに魁偉。身の丈は二メートルをゆうに超える。
その巨躯には四本の手足でなくその倍だ。太く逞しい八肢が生えていた。
二本脚で床を踏みしめ、六本の腕をがっしりとした体の前で組んでいる。
鍛え抜かれた筋肉が、この世における暴力を全肯定しているかのよう。
「こいつはすごいな」
「土蜘蛛ですん。中でもかなり高位の者ですの」
「土蜘蛛か!」
それは古来より日本に棲み着く、土着の怪異である。
俺と同じ国津神に属するが、その一族でもかなりに秀でた者に違いない。審神で解析しなくとも、ひと目で強者と知れる圧倒的存在感だ。
武器らしいものは持っていない。
(こいつ、手刀で斬首した!)
俺は思わず自分の首を手でさすった。
「吾が庵に招かれざる客らが。刃傷沙汰におよびて、いかにも煩わしと思えば誰あらん。よもや国津神第三位の使徒殿ではござらぬか」
「いかにも、この御方は国津神第三使徒、紅蓮突令こと相馬吾朗さまにおわしますの。国津神が一隅たる土蜘蛛の大人よ、控えるが良いのですん」
そう、現世ではポンコツなこの俺も、実は隠世では那美さんの次の次に偉い使徒様なのだ。
分かったら大人しく引き下がってくれい。
「これはこれはおもしろき縁なり……なれば貴殿が三位の使徒に相応しき器であるや否や、吾がひとつ試みようぞ」
「は?」
試みるって、俺ってば無料でお試しされるナンかなんかい?
ええっと、その流れでいくと、俺と戦うってこと? もしかしてそこ?!
しかもファイトマネー無しでってことかい?
そいつはダメだぞ、事務所通してくれないとだな……。
「いざ、参らん」
「イヤイヤイヤ、無駄な争いしてるほど暇じゃないんだ。俺さま超忙しいの。だからまた今度にしよう、な?」
「臆したか使徒殿」
「そういうわけじゃないんだ。俺としても強ツヨの土蜘蛛さん相手に腕試しとか、ちょっぴり胸ワクなわけなんだけどさ。その、とっても大事な先約があるんだよ」
「ならばあがくべし。血の対価としてその約を成せばよし」
「あーっもう、ったくしょうがねぇなあ! 熱き血潮の国津神さまキタ――ってか?」
「なりませぬ主さま、ここはお逃げくださいですん」
「いやー、逃げられんと思うよ。それともヤドゥルが時間稼いでくれる?」
「無理ですん」
「だよなー」
臣たち――配下の超常の者を召喚して足止めさせることもできるが、この後のプランが狂う。
彼らには別の役割があるのだ。
俺は覚悟を決め、こいつが満足するまでつき合ってやることにした。




