9. ムッキーのゼリー包み
― 前回のあらすじ ―
中野ブロードウェイの隠世で階段を使って三階に降りてきたが
二階への階段が、生きているゼリー状の壁で塞がれていた
それを切り裂きながら進む睦樹は
突然上から落ちてくるゼリーの下敷きなる
身動きが取れない!
全身をゼリーに押しつぶされている。
階下からもどんどんの残りのゼリーが迫り上がってくる気配がする。
頭の上にヤドゥルの魔法障壁があり、顔の辺りだけ空間ができている。
魔法障壁が無ければ、あっという間にゼリーに満たされて、息も出来なくなっていたろう。
しかし、それも時間の問題で、ブツブツと音を立てながら、空間に侵入し始めている。これは、ヤバい。早く何とか脱出しなければ!
それに何か全身に寒気がする。
これは、エーテル・パワーを奪われていく感覚だ。
ゼリーは俺のEPを奪うのだった。
勢いは狗神の吸引ほどじゃないにせよ、着実に俺は死に近づいていく。
凶悪なるベトベトさんだこれは!
頭上ではプリンス・クロウリーが、舌の連続攻撃でゼリーを掘っている。
たぶん狗神八郎丸も、必死でゼリーを切り裂いてくれているに違いない。
しかし、奴らも下からどんどん補充してきているのだと思う。
あと少しで三階のはずだが、そこにまでゼリーが広がっていたら、脱出は困難だろう。
ヒーローがこんな終わり方していいのか!?
ホンモノのヒーローの陰で、語られずに終わる者は、けっこうこんなもんかも知れない。
イヤイヤイヤ、ダメだ!
そんなはずない!
諦めたらそこで終わりだ。
俺はまだ、やれるはずだ!!!
「那美!! 力を借してくれ!!!!!」
俺は彼女との絆をイメージし、腹に力を込めた。
すると、臍よりさらにその下の方で、ぽっと熱が生まれる。
それが赤く光りだすと、ぐるぐると螺旋を描きながら背中を昇ってくるイメージが、脳内に展開される。
光は赤から橙、黄色へと変化しながら、強くなっていく。
体の何か所かで、ビビビッとネオン管にスイッチが入るように、光りの爆発が起きた。
そして胸元で爆発が起きると、魔槍屠龍蜻蛉切が反応した!
右腕に掛かる圧力が軽くなるのが分る。
腕を引き寄せると、槍の穂先から激しく迸るものがあった。
それは熱い炎だ!
以前からこの槍は、オレンジ色の気炎を上げていはいたが、今は激しく燃え盛る火炎を吹き上げている。
紅蓮の炎は、周囲のゼリーを勢いよく蒸散させる。
俺が槍を振ると、あっという間に空間が開けた。
炎の槍でゼリーを薙ぎ払いながら、俺は立ち上がった。
「主さま!」
「我らが主よ、良くぞご無事ナルや!」
「心配かけたな、みんな」
槍の炎はすっと収まった。
「キキキー!!」
「ミナイブキ~」
かなり削れていたEPが少し回復する。
小さな王冠を載せた巨大な蝦蟇のプリンス・クロウリーは、だらりと舌を垂らして、ゼイゼイいっている。
「助かったよ、王子様」
「コレシキノコト……ボクニトッテハ、朝飯前ダーヌ……」
((ベトベト、ついてる、ついてる))
ベトベトーズの触腕が、俺の体に貼り付いたゼリーの欠片を取ってくれる。
どうやら、俺の体中に、うごめく気色悪いものが、まとわり付いているようだ。
ぴょんぴょん跳ねてみたが、一向に落ちない。
這い回るゼリーは、鎧の隙間にも入り込んでいるのだ。
肌や衣服に付いたものは、蛭のように吸い付き、エーテルを奪っていく。
「クソ!! みんな取ってくれ!」
俺はアーマーを脱ぎながら助けを求め、小さい奴らがやりやすいように屈んだ。
手のある者は、丁寧に剥がしてくれた。
プリンスは舌で上手に絡みとって食っている。
やっぱりたいした悪食だが、力を優しく加減できるのが驚きだ。
ジェリーも、目ざとく小さいのを見つけては、食ってくれた。
床に落ちたのを足で踏み潰すと、あっけなくエーテルの銀の光となり散っていく。
かたや、再び大量のゼリーが下から押し上げてきて、階段はふたたび塞がれてしまった。
しかし、それ以上こちらに出張ってきて、襲いかかろうとは考えないようだ。
ベトベトーズがそれに立ち向かい、ゼリーの壁のEPを奪うが、かなり効率が悪いらしく、まるで大きくならない。
EPがもともとスカスカのようだ。
EPを奪われた壁は萎びて穴が開くが、すぐに補充される。
「こいつを片付けながら下に降りるのは、ちょっと面倒臭すぎるな」
ベトベトさんの補給には少しは役に立つが、これでは時間がいくらあっても足りないだろう。
「この超常の者は、なんて名前なんだ?」
「ごめんなさいですの。宿得は知らないのですん」
「我も存じ上げぬ化け物ナリ」
「まあ、スライムみたいなもんだな。ふつうのスライムとは違う気がするが、とりあえず、ウォール・スライムとでも呼んどくか?」
そうだ、不思議携帯を使おう!
俺は携帯電話だったノートを取り出し、カメラを向けながら、こいつは何という名前かを考えながら、ページをめくった。
すると、現在の映像と共に、こんな風に分類するページが現れた。
【名称:スライム・キューブ】
[神族:なし]
[分類:隠世魔族]
[種族:スライム]
[レベル:6]
隠世魔族だから、超常の者ではないようだ。
解説には……
[通路全体を透明な体で塞ぎ、不用意に接触したものを取り込んで、EPを直接吸収するスライム。知性は無く、振動や音に反応して獲物を感知する。
核を持たず、バラバラにされても、個々のスライムは生きている。
温度変化の攻撃に弱いが、特に炎に弱い個体が多い。]
「やっぱ、さっきの炎の槍を使うしかないか」
しかし、自分のステイタスをチェックすると、かなりの量のAPを消費していた。その炎の槍のスキルは……
【スキル:火之迦具土神火炎装術】
[火之迦具土神の加護を得て、武具より高温の火炎を発し、敵に火炎と斬撃のダメージを同時に与える。]
[消費AP:15]
[攻撃力:+32]
どうやら俺様、スキル覚醒したようだ。
ちょっとはヒーローらしくなってきたぞ。
消費APが15ってことは、俺のマックスAPが68なので、およそ二割強が削れている。
こんなスライムごときに、必殺技はもったいなさすぎる。
ついでにEPをチェックすると、マックスが136あるものの、現EPは59。
スネキチに回復してもらったのだから、かなりダメージを喰っていたことになる。
さて、俺のレベルが確認できた。レベルは8だ。
初期状態を思い出すと、たぶんレベル1から始まっていたんだろう。
その後7回もレベルアップしていたのか。
しかし、あのレベルアップの内蔵不快感は勘弁して欲しい。
さて、このスライム・キューブだが……
「誰か火炎魔法とかがあるなら、一気に焼き尽くして進めるだろうけど……ヤドゥル、持ってないよな?」
「ごめんなさいですの。今は持っていないのですん」
「謝らなくていいよヤドゥル」
今は、ってことは、可哀想に、デスペナルティーで失われたのか。
「八郎丸は持ってないか?」
「陰火は出せまするが、派手に燃えるようなものではござりませぬナリ」
「プリンス、これ食い切れる?」
「イタダキマスダーヌ!」
ドッ! ドッ!ドッ!ドッ! ドッ! ドッ!
プリンス・クロウリーは、舌の連続攻撃でウォール・スライムを削っていくが、削られる後から穴が塞がれていく。
一方プリンスの腹がみるみる膨れていく。
それでも、かなり大きな穴が穿たれた。しかし……
「コレ以上ハ無理ダーヌ」
蝦蟇の腹がパンパンになっている。
ベトベトーズも触腕で千切っては食う方法に切り替えたので、少しは効率が良くなり、少しばかり大きくなった。
「しょうがない。遠回りでも他の道を探そう」
ゼラチン階段を諦め、探索しながら
二階への階段を求める睦樹
次なる出会いは、スライムの壁よりマシであって欲しい!
10話は、令和6年10月7日公開予定!




