6. 狗神の飢餓
― 前回のあらすじ ―
呪いの塊のような狗神の強襲を受ける睦樹
脇腹を刺され、肩の装甲に噛みつかれるが
鎧を貫通して、呪いのダメージを受ける
エーテル・パワーが削られていくのを感じる。
「ミナイブキ~」
スネコスリが俺の傷を癒そうとするが、刃が腹にあるし、呪いで吸われるわで、回復するそばから持っていかれる。
でも、無いより断然マシのはずだ。
ジェリーは狗神の尾に齧りついて、「ヂューヂュー」鳴きながら振り回されている。
こいつはたぶん、効果なしだ。
ベトベトさんは二体で不思議な踊りを踊っている。
エーテルを奪おうとしているのが、なぜかできずに悪戦苦闘しているようだ。
恐らく格が違いすぎるせいじゃないのか。
プリンスは俺に当たるので、手が――というより舌が出せないで、じっとしている。
ときどき、ムニッと口が動くんだが、やはり躊躇してるようだ。
そこに一人ヤドゥルが立ち向かった。
「狗神! この方を何と心得ますの! 国津神第三使徒、犬養睦樹さまですん! 控えよですん!」
そうか、狗神も国津神なのだな。
笹の枝を振り上げ、凛とした声で命じるヤドゥル。
とても可愛いんだが、迫力はない。当然 その呼びかけにも応じず、狗神は唸りを上げながら攻撃の手を緩めない。
うん、ダメだ。
こいつは狂ってるんだ。
狗神が肩に齧りついたまま、俺は槍を突いて体を起こした。
そして槍を短く持ち替え、刃を狗神の首筋に当てて、一気に押し切った。
蜻蛉切の超鋭利な刃は、狗神の首を見事に切断した。
大量の血が吹き出し、銀のエーテル残滓となって散り、そして消えていく。
しかしその首は、俺に噛み付いたままだ。
何とそのEPを奪う力も弱まらない!
体もしがみついたきり動かない。
オイ、どうやったら殺せるんだ?
「ヤドゥル、ベトベトさん、この体を剥がしてくれ!」
「はいですん!」
ベトベトさんたちの触手状になった腕が、狗神の体に何本も絡み付く。
ヤドゥルはボロ布のような衣服の端を持って、うんうん引っ張っている。
触手が収縮すると、やっと体が離れた。
横っ腹に入った小刀も引き抜かれていった。
すげぇ痛かったけど。
いや、今も痛い。勘弁して欲しい。
首の無い体は、フラフラと後ろに歩いて倒れそうになる。
タタラを踏んで堪えたところに、プリンスのストレートパンチの舌が炸裂。
ボロ布をはためかせて、その体が吹き飛ばされた。
食っちまっても良かったんだぞ?
俺は噛み付いたままの狗神の頭を引き剥がそうと、鼻面を手でつかんで押さえる。
怒りに燃える目は俺を睨みつけ、光を失っていない。
「どうすんだこれ?」
尻尾に噛み付いていたジェリーが、キーキー悲鳴を上げて俺の後ろに走り込んでくる。
見ると、立ち上がった狗神の体から、黒い霊体の犬首が幾つも現れ、それらすべてが炯々(けいけい)と赤い目を輝かせているのだ。
さすがにこれは怖いぞ。
シンたちが、体の方と対峙する。
プリンスが居れば大丈夫だろう。
「ヤドゥル、こいつは――狗神ってのは何者だ!?」
「野良になった式神ですん!」
「もとは国津神だから、こっち側なんだろ?」
「すでに闇落ちしたのですん。だから戦うこともあるですの」
狗神からは猛烈な憎悪の念を感じる。
まあ、こいつにも思うところあったのだろう。
だけども、その怒りは本来俺たちに向けられたものじゃないはずだ。
簡単に殺せそうもないし、何とかならないか……。
ダメもとで俺は話しかけた。
「おい狗神、お前にいったい何があったんだ? どうしてそんなに怒りまくってるんだ?」
「主さま、無駄ですの。早く頭を壊すのですん」
「狗神、俺が聞いてやる! 話してみろ!」
(ヒダルシ・・・クチオシ・・・イタシ・・・クルシ・・・ナリ)
苦しそうに話し出すと、胴体の方に現れた黒い犬首どもが、それに呼応するかのように、つぶやきだした。
(オソロシ・・・イタシ・・・ウシ・・クルシ・・・ヒダルシ・・ナリ・・ハム・・・クラウ・・・ハム・・・クラウ・・・ハムムム!)
「主さま、早く!」
胴体の方の多頭犬が、シンたちに襲いかかる。
再度プリンスの舌パンチ! そして吹き飛ばされる体。
そうとうダメージも与えてるはずなんだが……。
そして悪食に思えるプリンス・クロウリーも食わないってことは、余りの邪悪さに食欲減退なのかも知れない。
「狗神! 楽になりたいか!?」
「主さま! あんまり喋ると取り込まれますん!」
「主ヨ……ナゼ見捨テタ……」
狗神が肩に食いつきながら、聞き取りにくい言葉で唸る。
「狗神! 俺はお前を見捨てていないぞ」
少なくとも俺はお前の主人じゃなかったからな、嘘は吐いていない。
「我らハ残サレ……悪魔ドモト戦イテ……敗レシナリ」
こいつの主人が、ここで戦って敗れた第四使徒なのだろうか。
しかし、狗神はそいつと俺の区別も付かないのか?
「そうか、辛かったな……お前はよく最期まで戦いぬいたんだな、偉かったぞ」
「戦イ……食ラウタ……ウチ捨テラレ……」
「そうか……お前の主も、負けたもんだから、お前を助けられなかったんだ」
「主さま、エーテルをどんどん奪われてますん!」
「まだダイジョブだ、ヤドゥル」
「……主モマタ敗レシナリヤ?」
「そうだ。お前を助けられずにすまなかった」
実際吾朗も第四使徒も、助けられなかったのだろう。代わりに謝っておく。
「……我ハ……捨テラレテ……オラヌ…ナリヤ?」
「そうだ、お前は捨てられてはいない」
「主ヨ……オ戻リナリシヤ? 我のモトに……」
「ダメですん、狗神に取り込まれますん!」
「狗神、お前のもとに戻ってきた。だから、安心しろ!」
「くうぅ……主ヨ……我ハ主ガ欲シいぃぃぃ……」
「いけない! 主さま離れるのですん!」
ゾクリ、と体が冷えて大量のエーテルが持っていかれる。
これ以上はヤバいかも知れない。
クラっと目眩がして眼の前が一瞬暗くなり、倒れそうになるのを何かに引っ張られた。
ベトベトさんの触腕が伸びて支えてくれたのだ。
その手からエーテルが少しずつ流れ込む。
ベトベトさん、新しいスキル習得か。
しかしベトベトさんの体も縮んでいく。
(だ、ダイジョブか?)
すると、俺の肩に深く食い込んだ、狗神の顎戸が外れる。
頭部は緑色に発光しながら後方へ飛んでいき、体と合体した。
その間も俺と狗神の間には、緑色に鈍く光る絆がつながり、それを通してエーテルが奪われ続けていた。
ベトベトさん二体の補給でも間に合わない。
ちょっとギリヤバいかもだが、ガンバレ俺!
「みんな……手を出すな……ダメなら、自分で斬る……から」
思い切って絆を断てば、これ以上奪われないだろう。
だがしかし、俺は狗神の好きにさせてやることにしたのだ。
全身が猛烈に痛み、身体が冷え切る。
あの悪霊にやられた吸引を、もっと強烈にしたような感じだ。
ふっと目の前が暗くなる。
貧血で倒れるのに似た状態だ。
(これは、ヤバいかも……死ぬのか俺?)
めちゃくちゃEPチューチューされた睦樹
このままリタイアか?
なんてことは、ないと思うが……
吸いまくった狗神に何が起きるのか?
7話は、令和6年10月4日公開予定!




