5. 大量殺人鬼と呪いの黒雲
― 前回のあらすじ ―
出花隼のプロフィールと背後関係をヤドゥルから聞く
水生那美は他の使徒に勝ってシンを奪う
なぜなら封魔の時に、超常の者を消し飛ばしてしまうくらい
強烈な攻撃を繰り出してしまうからだった
超常の者のアストラル体が残っていないと、封魔できないのだ。
それさえも破壊するとは……。
それってかなりヤバい力だよな。
恐すぎるぞ那美さん。
「シンを差し出すのを拒否すれば、止めを刺されても文句は言えないわけだ」
「はいですん」
「使徒が止めを刺されると、シンたちはどうなるんだ?」
「皆みな、それぞれの常世に還ってしまうのですん。されど、絆の強い者は使徒の復活後に戻って来ますの。戻らぬ者も、再び隠世でまみえれば、封魔せずとも、おおむね臣になってくれますの」
「なってくれないケースって?」
「きっと、その臣に嫌われていたのですん」
なるほど、シンとの絆は大事だな。
「逆に負けを認めてるのに、それでも殺られるってケースもあるんじゃないか?」
「使徒はとても紳士的なのですん。協定はふつう守られますの」
紳士的? 夢の記憶の使徒たちは、みんなどっかぶっ飛んでたぞ? あれで紳士的なのか? それに……
「相馬吾朗は殺されたぞ?」
「そういうことも、たまにありますん」
「ぜんぜんダメじゃないか!」
「でも、現世で死ぬわけではないですの」
「魂の器が壊れたら死ぬだろ!」
「それは、悲しいことですが、仕方ないのですん」
「オイオイ……」
仕方ないじゃ済まないだろう。
やはりこの幼女人形、人間とは常識が違うってのは理解しておかなきゃだ。
俺も死なないように、レベルアップして強くならないとだ。
「さて……と、次の質問だ」
「はいですん」
ここで覚悟を決めて、さっきの殺戮に関して聞いてみることにする。
ああ、もう、嫌な予感しかしない。
♪ Mama, life had just begun ♫(ママ、人生は始まったばかりというのに)
フレディ・マーキュリーが、俺のために歌ってくれてるみたいだぜぃ……
でも、その歌の中の彼でさえ、一人殺しただけだったけどな!
「あのさ……たとえばだよ? 俺がさっきインス魚人とかを倒したのは、現世にどう影響するんだ?」
「いんすぎょじんとは、インスマスのことですの?」
「うん、そうだよ」
「悪い異津神の影響力が低下しますの」
「いや、聞きたいのはそこじゃないんだ」
脱法ハーブの売人のときは、世界改変によって、結果的に死に追いやったといえる。
現世で奴を殺したのは暴走トラックだ。
今回は、あの部屋が現世と隠世で、重なっていた点が異なる。
現世にいた邪教の信者たちは、俺が直接殺しまくった可能性もあるのだ。
隠世の刃が、現世に届いていればの話だろうが……
言いわけをすれば、確かに今回も先に殺されかけたわけだが、後半は一方的にこっちの殺戮だった。
あのときは必死だったが、今考えると、あそこまでやらなくても、何とかなったんじゃないかと思う。
「まさか、まさかだよ? 現世でも奴らは、あの場所で死んでるなんてことないよな?」
ああもう、決定的なことを聞いてしまった。
だが、こうなりゃしょうがない……。
「うーん……ヤドゥルは現世の事は、あまり良く分からないのですの」
「ええ? それも分からないのか。俺が殺したなんて事になったら、今度こそ殺人罪だぞ?」
「でも悪い異津神の下僕どもを退治したのだから、きっと褒められるのですん」
(ダメだこりゃ)
俺があの部屋に入った証拠は、いくらでも出てくるだろう。
まずドアノブの指紋、それに毛髪のひとつくらい落ちてるだろう。
部外者以外のそうしたものが見つかれば、真っ先に犯人と疑われるに違いない。
だがもう、これに関しては、今考えても埒が明かないようだ。
気持ちを切り替えていこう。
それより、何か嫌な気配が近づいて来ているのだ。
今までに経験したことのない、邪悪で穢れた瘴気だ。
強く攻撃的な恨みの波動――そんな感じだ。
「主さま!」
「ああ、分かってる。みんな、強敵だぞ、気をつけろ!」
強力な超常の者が、目視できる距離まで近づいてきた。
黒い霧のわだかまり、渦巻いている邪悪なエーテルの黒雲だ。
焼け焦げるような憎悪、怨嗟が呪縛となって凝固したようなもの。
黒い色をまとったそれが、急速に形を成していく。
今まで出会った中で、最も凶悪な超常の者で間違いなさそうだ。
薄汚れた和風の衣、振り乱した灰色の頭髪から伸びる尖った獣耳。
長い鼻先は憤怒の相に歪んでいる。
乱杭歯のように突き出た牙からは黒い舌が長く伸び、鬼火のような蒼い気炎を吐く。
「狗神ですん!」
ヤドゥルの笹葉が飛ぶ。
弾けるように突進してきた超常の者――狗神の前に、魔法障壁が現れたが、一閃、それが振り上げる刃によって砕かれた。
敵の得物は短い小刀だ。
俺は距離の利を活かして槍を突き出した。
しかし狗神は素早く穂先の下をかいくぐり、一旦体を沈ませてから飛びかかってきた!
(速い!)
「うぐるるるるるる――」
呪怨の唸りが、俺の首に迫った。
とっさに避けると、ガッと肩にくる衝撃とともに、狗神の牙が俺を捉えた。
体格は子供くらいだが、勢いに負けて俺はバランスを崩す。
そのまま仰向けに倒れていく。
(ダメだ、このまま倒されて上に乗られたら、喉を狙われる)
槍の石突を背後に突いて、背中からの転倒を防ぎながら体をひねる。
そのまま狗神を下にするように左回転するが、今度は左腹部に熱い痛み!
敵の小刀が鎧の隙を突いて、内蔵をえぐったのだ。
苦鳴を押し殺しながら、狗神を下にするように倒れ込む。
さらに刃が深く刺さる。
「うぐぐぐぐ……」
今までで一番痛い!
俺は右手に短く持った槍を、横から狗神に突き立てた。
互いに腹を抉り合う格好だ。
それでも狗神は、一度咥えた肩を離さない。
腐臭のする冷たい吐息が、俺の顔にかかる。
瞳は怨みに赤く燻り、黄色い膿の涙を流している。
鎧のお陰で肩のダメージは無いと思っていたら、そこからじわじわと痛痒が広がっていく。
まずい、これは咒による攻撃だ!
やっと超常の者と出会いました!
しかし、余りに凶暴で恨み骨髄
「怖くない……ほら、怖くない」とか言って指を齧らせるくらいじゃ済まない
まあ、これもひとつの出会いということで
6話は、令和6年10月3日公開予定!




