3. 強制語尾変換
― 前回のあらすじ ―
中野隠世の萌ダンジョンをヤドゥルはスルー
睦樹は殺した半魚人が現世ではどうなったかが気になる
現世では青いローブの男女の惨殺死体が、累々と転がっているのかも知れない。そうだ、下手したら俺は大量殺人者だ。
確か、十人以上居たはずだぞ。
急に手に汗をかき、心臓がバクバクしだした。
(ダメだ………)
俺はとんでも無いことを、取り返しのつかないことをやってしまったのかも知れない。しかも勢いに乗じて……勝利感に酔って……何人も、何人も……。
「ヤドゥル……」
「はいですん」
「いや――な、なんでもない……」
「主さま、どうしたですん? 何か苦しいのですの?」
「ダイジョブだ、何ともないよヤドゥル」
「遠慮せずに仰ってくださいですん」
「ああ、そのときはそうするよ」
だが、今はちょっと待って欲しい。怖くてさっきの殺戮の話は聞けない。
もう少し落ち着いてからにしよう。
しかし、自分だけで解決した疑問がひとつある。
今着ている鎧だ。
俺はひとつずつ持ち物チェックをして、ウエストポーチに入れたあの美少女フィギュア、凶星の娘アストランティアが、無くなっていることに気がついた。
つまり、あれが鎧のトレジャーに変化したようなのだ。
現世に戻ったとき、彼女が現れれば本当かどうかが確かなものになる。
(アストランティア、この鎧はお前なのか?)
妄想モードで問いかけても、返事はなかった。
ここで応えられても、隠世では妄想が現実になってしまいそうだな。
それはそれで面白いのかも知れないが。
一応鎧は手に入れたが、この中野の隠世では、武器屋とか防具屋なるRPGのような施設があったはずだ。
他の装備やアイテムも手に入れたい。
「たしか商店街は一階だったよな?」
「はいですの」
「出口も一階だ」
「はいですの」
ここは四階のはずだから、当初の予定通り下に降りる階段を見つけよう。
エレベーターでも悪くないが、階段なら途中で超常の者が現れたら、シンにするチャンスもある。
隠世での時間経過は、現世よりずっと速いから、少し回り道しても何とかなるだろう。
階段への道を求めて、穴のトラップから引き返し、別の迂回路に入ったときだ。
「ヂヂ! ダレカの目!」
突然オイリー・ジェリーが警告する。
「どこだ?」
「アッチ!」
猫ぐらいある大きなネズミの尾が、クイッと曲がって器用に指し示す先に、何やら黒い影が動いて角を曲がった。
中型犬ぐらいの大きさか。
俺は与し易しと判断して、ダッシュで追いかけた。
それでもちゃんと角で急停止して、そっと頭だけ出して様子を伺う。
通路の先には、大きな黒猫が一体いるだけだ。
どう見ても通常の猫の大きさじゃない。
確かに 超常の者だ。
まるでそこらの野良猫のように、尾をくゆらせて余裕で背をこちらに見せている。
行けそうだと判断して角を曲がる。
大猫は首だけで振り返ると、その目が青く光った。
ジェリーがちょこまかと追いかけてきたが、「キィ!」と一声悲鳴を上げると、ベトベトさんたちの背後に隠れた。
猫は後ろ足ですいと立ち上がり、器用にこちらに向き直った。
立ち上がると余計大きく見える。十歳くらいの子供の背丈くらいか。
「やれやれだ……」
猫は手の甲をちいさなあごに当てて、そうつぶやいた。
ここは語尾に「ニャ」が入らないのが、かなり不自然ではなかろうか。
仕方ない、俺が脳内で補完しておく。
(やれやれだニャ)
うむ、これが正しい。
「犬養睦樹、吾が主は警告した(ニャ)。なぜ吾らの邪魔をする(ニャ)?」
どうやらこの化け猫は、悪魔族の使徒、出花隼のシンのようだ。
「俺が出花の邪魔だって? なんのことだ?」
「邪教集団を皆殺しにした(ニャ)」
「まさか、あいつが女の人を生贄にしたっていうのか!?」
「違う(ニャ)。吾らは邪教徒の情報が大事 (だニャ)。吾らは観察していた(ニャ)。なぜ殺した(ニャ)?」
「こっちは手足縛られて、生贄にされそうになったんだぞ! 反撃して当たり前だ」
「やれやれだ(ニャ)……お前は邪神に捧げられるべきだった(ニャ)」
「無礼は許さないのですん!」
ヤドゥルの言葉に反応して、敵から殺気が放射される。
いちいち語尾変換するのは、鬱陶しくなったし、場が緊迫してきたんで、もう止めとこう。
俺はヤドゥルをかばうようにして前に出た。
「奴らは人を生贄にして殺してたんだ。放置したら、さらに死人が出るんじゃないのか?」
「そんなもの、力技で改変できる(ニャ)。情報を得る前にお前がダメにした(ニャ)」
いかん! 脳内妄想変換が止まらないニャ!
「何を言ってるんニャ?」
しまった、自分にも感染った!
「ニャ? だと?」
「いや、何でもない、気にするな!」
「……他人の家で余計なものに触るな(だニャ)。中野は吾が主の家 (ニャ)」
「あれは正当防衛だった。分かるだろ?」
「過剰防衛……では(にゃいかニャ)?」
そう言われると弱い。だが、こっちも負けてはいられない。
「じゃあ、そうなる前に出しゃばってくりゃいいだろう。こっちは必死だったんだぜ」
「出遅れた(ニャ)」
「放置して俺が殺されるのを、待っていたんじゃないのか?」
「…………」
図星のようだ。
「とにかく、これ以上余計なことはするな(だニャ)」
「狩りだけなら、文句は言わせないのですん」
「吾が主に出逢えば、その首弾き飛ばされよう(だニャ)。それでも構わぬなら自由にせよ(だニャ)」
捨てゼリフを吐くと、喋る黒猫は踵を返し、廊下の先に空いた穴へと落ちて行った。
化け猫と出会っても、それは出会いとは言えない
おかしいですね、もう少し待ってみましょう
4話は、令和6年10月1日公開予定!




