14. 聖地に贄を捧ぐ
― 前回のあらすじ ―
中野ブロードウェイ四階を探索中、青い頭から被るローブを着た者たちを追跡
一色あやの控室に違いないと、彼らが消えた扉をそっと開ける
室内は異様な生臭い臭気とそれを打ち消す強い香気、そして不気味な音楽が流れていた
引き返そうとしたら、頭を殴られ睦樹は意識を失った
― 12章最終話 ―
気がつくと、両腕を二人の濃紺のローブ男に抱えられていた。
しかも足首も縛り上げられ、自由が利かない。
さらに、手首を縛られるところだ。
(ここはどこだ?)
辺りを見ると、どうやらさっきの扉の先に、連れ込まれているようだ。
狭い廊下には、俺を入れて四人が詰まってる。
すると気を失っていたのは、そんなに長い時間じゃないのだろう。
正面の奴が俺の手首を縛り終えて立ち上がると、踵を返して無言のまま奥へと歩き出す。
俺も後ろの二人に軽々と持ち上げられて、その後に続く。
「ちょっと待ってくれ」
ローブたちは無言のまま俺を奥へと運んでいく。
さっきから気になっていた生臭い臭気と、すごい香の煙がさらに強烈になり、むせ返りそうになる。
薄暗い廊下を抜けると、沢山の赤い蝋燭の炎が揺れ動く広い空間になっていた。
何人もの青黒い覆面ローブたちが、学芸会の浦島太郎の演目で海藻役を命じられた哀れな小学生のように、揺れながら並んでいる。
海藻人間たちは、原始的な感じの太鼓のリズムに合わせ、何やらぶつぶつ口ずさんでいる。
この言葉、どっかで聞いたことあるような……
「いーあー、いーあー、くーとぅーりゅうぅぅーふーー、ふんぐっーーるぅーいぃー………」
(これはヤバイ。鉄板でヤバイ!!)
あれだ、邪神のアレだ。
あれは小説のネタなのに、ガチでやるヤツがいるのが怖過ぎる。
奥には祭壇のようなものがあり、顎部にうねうねとした何本もの触手を持つ奇妙な怪物の像が飾られている。
どうやらご本尊のようだ。
その手前の床には魔法陣らしきものが描かれており、中央に全裸の女性が横たえられていた。
彼女の胸は、真っ赤な花が咲きこぼれたかのように切り開かれ、辺りを朱に染めていた。完全に事切れているように見える。
生贄に捧げられたってことか?
この現代日本で、そんなことをする奴らがいるのが、まったく信じられない。全員狂ってるとしか思えない。
そして、俺も生贄にされるってことか?!
生臭いのは血の臭いか?
いや、それだけじゃ無い。
どうにも魚介が腐ったような、耐え難い臭気がする。
「なあ、ちょっと止めてくれ、俺は関係無いだろ?!」
答えはない。
ただただ、誰もが調子っぱずれな呪文のようなものを繰り返すばかり。
さっき笛の音と思ったのは、女性だろうか特に甲高い詠唱の声が混じっていたからだった。
「るーるぅーいーへぇー、うーがぁふぅーー、なあっぐぅーーるぅーー……………」
ここは東京の中野だぞ?
しかも、シャッター降りているとはいえ商店街の中だ。
下では一色あやのライブが間もなく行われる。
そんな場所で、こんなことがあっていいものなのか!!??
「みんな聞いてくれ、オカシイだろこんなの!?」
その声に反応する者は誰もいない。
俺は魔法陣を背にして立たされ、胸に剣を突きつけられた。
縛られた脚で、じりじりと魔法陣の方に後退して行くしかない。
彼女のようにここで殺されるのか?
俺の短い人生が、こんな形で終わるっていうのか!?
直剣が胸を思い切り突いてくる。
避けようとしてバランスを崩し、俺は仰向けに魔法陣の中に倒れ込んだ。
世界ごとぐらりと歪んだ。
「――――うああーー!?」
その時辺りの景色は一変した!!
蝋燭の炎の色は蒼く輝き出した。
怪しげな海の底を思わせる青い灯火に照らし出されたのは、いくつもの醜い裸体の男女だった。
直前までローブ姿だった者たちはみんな、一糸まとわぬ全裸となっていた。
さらにおぞましいことに、全員が全員、奇怪な姿に変貌していたのだ!
ぎょろりと大きな腫れぼったい目は、極端に左右に離れていた。
呪文を唱える大きな口はだらしなく端が下がり、鼻は平べったく顔にへばりつくようだが、顔の中心が全体に尖っているため高いようにも見える。
男も女も頭髪が無いか、かなり少なくなっていた。
上顎が突き出ているのに下顎は後退し、首の両側には鰓のように、切れ目の深いシワが何本もみられた。
そして大きな手には、蛙のような膜が張っている。
要は鱗の無い不細工な半魚人という感じだ。
そのうちの一人が、さっき俺を突付いた剣を、上方に捧げて近づいてきた。
確実に命の危険を感じる。
もう絶体絶命だ。
逃げようにも立ち上げることさえ出来ず、体をひねるだけ。
そしてついに、最期の時がきた。
ブサ面半魚人は、俺めがけて、思い切り剣を振り下ろした!
ガッ!!
胸に強烈な衝撃!!
「うあああああ!」
だが……しかし……――まだ生きている?
しかも痛みも無い。
俺の胸はなぜか分厚い鎧で護られており、剣はそれに当たって弾き返されたらしいのだ。
なんでこんな鎧をいつの間に?
「主さま!」
いつの間に蓬髪幼女が傍らに立っていた。
「ヤドゥル!」
ってことは、ここは隠世なのか!
遅い、遅いぞヤドゥル! 笹の葉障壁、間に合わなかったじゃないか。
「死ぬとこだったぞ」
いや、今も命の危機には変わりないか。
しかし、半魚人はあっけに取られたのか、剣を構え直そうともせず、あんぐり口を開けている。
「主さま、召喚を! 早く!」
「分かった! 来い、プリンス・クロウリー! オイリー・ジェリーにべとべとさん、スネコスリ、まとめて来るんだ!」
真っ先に大ネズミのジェリーが、剣を持った蛙面に跳びかかる。
「ぎえええええ!」
その鼻面に噛みついたジェリーを、半魚人は剣の腹で打とうとした。
しかしさっと避けられたために、自分の頭を叩くことになる。
ジェリーはそいつの身体中を駆け回りながら、ひっかき、噛みつく。
剣を手放し、手で追い払おうとするが、追いつかない。
その隙にヤドゥルが、俺の枷を小刀で切ってくれた。
べとべとさんは、瞬間移動しながら次々とEPを吸い取り、ずんずん大きくなっていく。
蟇蛙のプリンスはまだ狙いを決めかねて、ジリジリ回転するように動いているところだ。
そしてスネコスリは俺にすりすりする。――愛い奴め。こいつは、これでしょうがないな。
鎧は胸だけじゃなく、腹部や下半身もカバーしている。この装備の出処の詮索は後回しにして、まずは目の前の敵だ。
俺は頼りない金属棒から、美しい小刀に変じた武器を構えて、強く念じた。
「那美、頼む!」
水生那美の力が、刃を通して俺に伝わる。
小刀は手の中で大きく魔槍へと成長し、紅蓮の炎を纏った。
俺が彼女の名を呼ぶと、ふたりの間に見えぬ絆が結ばれるのだ。
これができるということは、きっと彼女は隠世のどこかに無事でいてくれる。そう確信できると、さらに力が湧いてくるようだ。
俺に剣を振り下ろした半魚野郎は、血まみれになりながら仲間に助けを求めている。
そいつが落とした剣を拾って、プリンスに襲いかかろうとしたやつは、舌の一撃を食らって、壁まで吹っ飛ばされた。
他の半魚人たちは、やっと事情が呑み込めたといったところで、右往左往しながら、ある者は武器を取り、ある者は逃げ出しにかかっている。
「うぉりゃあああ!!」
魔槍を携えた俺は気迫で敵を圧倒していった。
直刀を手に抵抗する半魚人は数体居たが、いずれも動きが鈍く、俺の敵では無かった。
剣の間合いの外から突いて体勢を崩すと、斜め上から振り下ろし、ざっくり肩から胸へと切り裂いた。
青い光の室内に黒っぽい血飛沫が上がる。
廊下から逃げようにも、大きくなったベトベトさんが立ち塞がり、
逃げる半魚人たちも、シンたちに襲われて次々と転倒していく。
さらに俺が、倒れた奴に止めを刺す。
途中、レベルアップ的なあの不快な風を受けるが、構わず戦い続けた。
気がつくと仲間たち以外、立っている者はおらず、床は凄惨な血の海と化していた。
「いったいこいつらは何なんだ?」
「インスマスという異津神の奉仕種族ですん」
インスマス……聞いたことある。それってクトゥルー神話だよな。
やっぱり小説の話しじゃないのか? いったいどうなってるんだ?
小説が現実になったのか、現実を元に小説が書かれたのか?
それに、こいつらはさっきまでローブを被った人だったはずだ。
「ヤドゥル、こいつら現世にも居て、頭はふつうじゃないけど一応人間だったぞ」
「魔法によって、この部屋は現世と隠世が一緒になったみたいですん」
その魔法が消えてないせいか、それとも現世との重なりがあるせいか、死体は消えずに残っている。
流れた血は、銀のエーテルとなって散っていく。
どうも違和感がある。
「ヤドゥル、お前には聞きたいことがいっぱいある」
「なんなりとですの、主さま」
「でも、ここは猛烈に生臭い。外に出よう」
俺は生贄にされた女性のまぶたを閉じ、体に布を掛けてやると、酸鼻極まる魔術儀式の部屋を後にした。
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犬養睦樹暴れまくって中野隠世デビュー!
次回新章です!
第13章1話は、令和6年9月28日、お休みせずに公開予定!




