9. 現世からの糸
残念ながら、このプロテクトは簡単に破れそうもない。
「どうするヤドゥル?」
「かような外道、ただちに始末すれば良いのですん」
やっぱりそうきたか、この冷血の幼女め。
「ダメだろ、そんなんじゃ情報引き出せないじゃないか?」
「なれば、お姫さまに解錠してもらうですの」
「やっぱ、それしかないかー」
ヤドゥルが「おひいさま」と呼ぶのは、俺たちのリーダーである国津神族第一位使徒にして現役JK美少女、水生那美さんのことだ。
国津神とは我が国日本に土着してきた神々のことで、天孫系の天津神とともに日本を守る有り難い神さまたちだ。
その第一位使徒といえば、国津神さまが御為に隠世で働く使徒の中でも、最上位の力を持つ戦士ということだ。
要するにいっちゃん偉くて強いのだ。
那美さんは女子高生なのに、大の大人たち、しかも強烈な個性揃いの使徒どもを率いる、カリスマ性と実力を兼ね揃えているのである。
そう、さっき俺が頑張ったら褒めてもらいたいとか、ちょっぴり思ってた我が愛しのお姫さまが彼女、水生那美さんなのだ。
実はそれなりに懇意にしてもらっているので、近ごろは男だけじゃなく、女使徒も含めた嫉妬の視線が痛いくらいなのだが。
昨日、というかもう零時過ぎたので一昨日からなのだけど、珍しく連絡が付かなかった。
でもヤドゥルなら彼女が現世にいても、隠世にいても、なんとか連絡を取り合えるはずだ。
「ヤドゥル、こいつら那美さんのところに連れてってくんないか?」
「お断りですん」
即答かよ。
「そこをなんとか頼みます、どうかヤドゥルさま! セオ姫さまを護衛に付けるから」
セオ姫さまとは、美しき水の比売神さまで瀬織津姫命のこと。神さまだけど、超常の者なのだ。
「嫌ですの」
今日はやけに手強い。
「セオ姫さま、ヤドゥルのことを、あな愛しき女童に馳走したき、とかなんとか言ってたぞ」
「嘘ですん」
「嘘なもんか。きっと凄えご馳走だぞ? それに俺はこの後、大事な約束があるんだよ」
「ヤドゥルも一緒に赴くですの。でも、まずはお姫さまのもとに参るのですん」
「それはダメだって、時間的に間に合わない。それに約束の件は、ひとりで行かなくちゃならないんだよ」
「承知できかねますの」
「まいったなあ……」
ここはヤドゥルをなだめて、なんとか別々に行動したいところだ。
どうしたものかと悩んでいると、向こうでぐったりしていたナイフ持ちのクズ二男が、ゆらりと近づいてきた。
「主さま!」
気づいたときには遅かった。
辺りに血しぶきが飛び散った。
クズ一男の首が、ぱっくりと切り裂かれていたのだ。
間髪入れず、そいつが俺に迫る。
(速い!)
術が上書きされたか、自動発動の呪術が仕込まれていたか、尋常の動きじゃない。
俺は右手を突き出して、咒を編んでいたが間に合わなかった。
ズンッと重い衝撃。
熱を帯びた鋼が、俺の装甲の左胸に深々と刺さっていた。




