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10. 万引きと地縛霊

― 前回のあらすじ ―


  中野ブロードウェイの二階のホビーショップで

  凶星の娘アストランティアと脳内妄想で対話するも

  値段に手が届かず泣く泣く諦める

  こんどは300円のアクリルスタンドに魅入られると

  不意に後ろから肩を叩かれる睦樹

「すみません、お客さま。今、ポケットに何か入れませんでしたか?」


 首だけ振り向くと、ショップの店員さんだった。


「はあ?」


「ちょっとだけ、確認させてもらっていいですか?」


「え? なにを………」


「その右のポケットの中のものを、見せて貰えませんか?」


「え? はぁ……えーっと……構わないけど」


 どうやら万引きと勘違いされたようだ。

 ここはおとなしく従って、とっとと不快なできごとを終わらせよう。


 俺は背後から店員さんが見つめる右のポケットに手を突っ込んで、不気味人形を取り出して見せた。その間、俺様じっとケツを注視されるの図。


「これで、いいかな?」

 今度は体ごと振り返ると、店員さんに向かい合った。


 三十代くらいの生真面目そうな男性の顔色が、とっても分かり易く青くなった。

 こんなに人の顔色って瞬時に変わるんだと、初めて知った。


 自分では特級呪物と思い込んでる不気味人形を持ち歩きながら、アストランティアのアクスタを物色するアブナイヲタクに、あらぬ疑いを掛けてしまい、これからこの人形で呪いの仕返しをされるんじゃないかと、ビビりまくってるんだろうか?

 俺もこんな(へん)竹林(ちくりん)な人形を所持している真の理由を、(つまび)らかにできずに心苦しいところだが、どうかそれだけは諦めてくれ。


「た、大変申し訳ありません!」

「いや、いいんですよ」


 やっぱふつうに、疑ったことを悪いと思っているだけみたいだ。

 やっぱふつうが一番。俺の性格が歪んでるだけで良かった。

 店員さんは、ただ仕事に誠実なイイ人なんだろう。


「ほんとうに済みません」

「あの、ダイジョブです」


 あんま謝らないで欲しい。

 なんか俺が、意地悪してるみたいじゃないか。


 カスタマー・ハラスメントとか、やらかしそうに見えるのかな?

 ここはふつうに対話を試みて、店員さんに敵意が無いことを示すべきだろう。

 とっておきのスマイルをトッピングして……。


「あ……あの、ポケット……ですよね? 怪しいの」


「は、そ、そうです、そうです、決してお客様が怪しかったわけでは……」


 いや、はっきり怪しかったと言ってくれた方が、気が楽なんですけど。


「万引きって思ったんですよね……その、ポケットに手をつっこんだくらいで……万引き防止週間とか……ですか?」


 あああ、何聞いてるんだぁ……なんか余計カスハラっぽくなってきた気がする。


「実は………この四か月ほどなんですが、急激に万引きの被害がひどくなりまして、ちょっとピリピリしてたみたいです」


 え、やっぱり警戒態勢だったのか。それじゃ、しょうがないよな。


「そんなに……なんですか?」

「はい……他のホビーショップや書店でも、あまりに被害が増えてちゃって、店をたたんじゃったところが、何軒もあるんですよ」


 それでシャッター店が増えたのか。それにしても多すぎないかい?


「……かなり酷いんですね。万引きで、そこまでの被害が……」

「ほんとに、馬鹿にできない被害額なんです。ここだけの話、閉店した店の中で、それを苦に首を(くく)った経営者までいるんですよ」


「うわ……そうだったんだ……。ちょっと、マジで許せないレベル……ですね」


 あの場所だとピンとくるが、ここで詮索するのはやめておこう。

 まず間違いなく、さっきの地縛霊だろう。


 攻撃された時の首を締められる感覚は、首吊り自殺のせいなのだろうか。

 自分が受けた苦しみを、他人にも味合わせないと気がすまないってやつか?


 意味のない八つ当たりだって否定するのは簡単だが、それよりも痛々しいものが先に来て、なんともやるせない気持ちになる。


 おっと、地縛霊は自分が死んだことが分からないので、何度も同じように死のうとして、たまたま近くに来た人を巻き込んで同じ方法で死なせようとするという、恐怖マンガを思い出してしまった。


 もしそれだったら、他の一般のお客さんが、巻き込まれるかも知れない。

 ヤドゥルが言うように、悪霊は同情すべき対象ではないのか。


 俺が難しい顔して考え込んでいるうちに、店員さんは一旦奥に引っ込んだかと思ったら、すぐに戻ってきた。


「あのー、お詫びに、つまらないもんですが、クーポンをどうぞ。何かお気に入りのものがありましたら、20パーセント引きですのでお使いください」


 店員さんは、お店のロゴの入ったチケットを押し付けてきた。


「え? そんな……いいんですか?」

「ええ、こんなもんで申し訳ないんですが、せめてもの気持ちですんで」


「どうも、ありがとうございます」

「いえ、とんでもない」


 これは運命の女神が「お買いなさい」と背中を押してくれているようなものだ。

 しかもクーポンは5枚もある。

 20パーセントが5枚だからって、100パーセントにはならないんだぞ、ビンボー。


「ムッキーあたしのことバカにしてなくない? このマヌケバナナ!」


 しまった、クソ妄想が日常のコミュニケーションを侵略してくるほどになってる。

 俺は店員さんにフィギュアを見せてもらおうとしてるんだ。

 黙っててくれビンボー。

 俺が話を振ったのが悪いんだけどな……。


「あの、じゃあ、いいですか? この()見せて貰えますか?」

「はい、お待ちください!」


 小さな少女を手に取ると、やはり素晴らしく良い出来に、ほぅ~、とため息が漏れる。

 もうこんな可愛い娘を置いて行けるわけがない。


 しかし、前から見たときには気が付かなかったが、ほんの小さな(きず)なのだが、髪の毛の一部が欠けていたのだ。その分塗装も剥げている。


 それで、これだけ安くなっていたのか。

 たぶん相場の三割り程度の値段だ。


 だがしかし、俺はこの出会いを大切にしたいと思った。

 それに、ここに疵があるアストランティアはこの娘だけなのだ。

 俺だけの特別な彼女ってことにならないだろうか?


 うーん、なんと俺らしくないポジティブ・シンキングだ。


(その調子で人生を切り拓いていけ、ムッキーガンバレ!)


 やっぱこれ、合わない。誰か別人格の言葉にしてくれ。


「ボンビー、試しに言ってみて」

「あたし、そんなダッサい名前じゃないし」

「おい、ハド◯ンさんに謝れ」

「やだも~ん」

(まあ、いいか~……)


 こうして先ほど妄想小芝居を演じたフィギュア、凶星の娘アストランティア攻殻装身バージョンを、俺はゲットした。

 これは避けようがない運命だったのだ。


 疵ありとはいえ1650円の激安が、2割引きで1320円なんて、有り得ないお買い得だ。

 それでも俺にとっては痛い出費には違いないのだが、駐輪場の代金はしっかり確保できたし、満足のゆく結果が出せた。


 そして残金367円って小学生か! いや、今どきの小学生だってもっと持ってる。使う前の全財産1650円より多いに違いない。

 情けないことに、367円——これが俺の全てなのだ。


 だがこれで、スタンドはすぱっと諦められる。


「違うよムッキー。スタンドも2割引きすれば、240円だから、127円残るよ」

「黙れ、ビンボー、もう決めたことだ」

「ムッキーのケチケチバナナ、しみったれー」


 妄想人格がどんどん強くなってきている気がする。

 それにさっきからバナナ、バナナってなんなんだ?


 でもビンボーの言うように、母さんとちゃんと話せるよう関係修復しないとだな。これ以上は現世での生存戦略が立てられない。


 それができないと俺は、隠世に引き籠るしかなくなってしまうだろう。

 まあ、それもありっちゃありだが、まだ高円寺しか行けてないので、まずは他のゲート探しからか。


 妄想(デリューション)(ブレイン)に話しかけてきたダーク系美少女を、ポーチに仕舞うとギリギリ入った。

 さあ、店を後にし、ゲートを求めて探索再開だ。


「はい、どこまでもお供します、ムッキーくん」


 まだあと、三十五分ある。

フッ………読了を感謝する

お気に入り、ブックマーク、評価、SNSでの拡散……たしかに悪くない

感想……好きにするがいい


 ※ ※ ※ ※


中野ブロードウェイの探索はギリまで続く

凶星の娘アストランティアの活躍に乞うご期待!


次回11話は、令和6年9月25日公開予定!

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