9. 凶星の娘アストランティア
― 前回のあらすじ ―
中野ブロードウェイの二階のホビーショップで
脳内幻想幼馴染ビンボーちゃんと対話する睦樹
超お気に入りとなった凶星のアストランティアの
フィギュアをゲットしたいのだが……
俺は小さな値札の数値を確かめる。
「1650円か……」
(おい、ビンボー、これ買うといくら残る?)
(さすがムッキー、そんな計算もできないのぉ? 1687円から1650円を引けば、ジャジャーン! 37円になりま~す! すごぉ~いスカンピーン!)
「クソ、だめか……」
ここで誘惑に負けると、ほぼ全財産を失うことになるわけだ。
ガチ存在終了。
マイ[賢者]様が[一般常識スキル]で判定して、「告:購入は不可、自転車で帰れなくなります」と冷酷に告げる。
いや、賢者様に聞くまでもないってば、そんなの。
今の俺に収入源は何も無いのだ。
ママン――もとい、母さんと疎遠になっている状況であり、九月の小遣いを貰っていないのが致命的だ。
すべては己の不徳の致すところ。慙愧に堪えぬが、俺は涙を呑んでその場を立ち去ろうとした。
しかし、その背中に声が掛けられた。
ちょっと暗めの少女の声だった。思い詰めた様子で訴えかける。
「……行かないで!」
「え? 誰? ビンボーじゃないよな?」
「違うよ」
「俺に言ってるんだよね?」
「そう、キミのことだよ。どうかお願いがあります。ボクを……ボクを買ってもらえませんか……」
俺は思わず振り向いた。しかし、そこには誰もいない。
「女の子が自分を買ってくれだなんて、言うわけないよな……幻聴幻聴」
「幻聴じゃないよ……おねがい、ボクを見て」
「え? ボクって……どこに?」
「ここだってば。ショウケースの中……」
それはまさにその娘だった。そういえば声もちゃんとその声優さんのCVだし。
「!!ってまさか、フィギュアのアストランティアが? マジか?」
「そうだよ、ボクだよムッキー。おねがい、ボクを買って……ください……ダメ…かな?」
「どうして俺なんかに?」
「それは……キミが……いや、今は言えないよ……でも、大事なことなんだ。おねがい、今はボクを信じて」
「うん、分かった、信じるよ。今のところは、だけどね」
「ボクはきっとキミの役に立つ。いや、立ちたいんだ」
「そうか、じゃあ俺が勉強する後ろ姿を、ずっと見守っていてくれるかい?」
「もちろんさ。ちゃんと勉強するように見守る。でも、ネットやゲームばっかしてたら、イージス・シールドで動きを封じるからね」
「うわ、藪蛇になっちまったな。でもまっ、いいか。君が背中を護ってくれたなら、俺も思いっ切り勉強に打ち込め気がするよ!」
「うん、ボクも頑張るからね! それに……あの……ご褒美も用意するから……」
「ご褒美?」
「うん、ご、ご褒美だからね。あくまでこれは、ご褒美として……ボクを……その……女の子として可愛がってくれますか?」
「ハハハ……そ、そんな、そこまで俺のことを」
「ほんとだよ」
「でも、君と俺とじゃサイズが違い過ぎるだろ?」
「だいじょうぶだよ。ムッキーが大学に受かったら、ボク……人間になれるんだ!」
「えええ?! 嘘だろ?」
「嘘じゃないよ……フィギュアは嘘を吐けないんだし」
「わ、分かった! そこまで言うのなら、俺の全財産をかけて君を買ってやろう」
「やったあ! これからずっと一緒だね」
……と、脳内妄想がいい加減振り切ったところで、そろそろ現世に戻ってくるとしよう。
今日は慣れない運動をたくさんしたせいか、脳が自分も働かせろとばかりに、無駄な空回りをしているようだ。
現実問題として、この娘を買うのは完全な自滅行為である。
自転車を駐輪場に置き去りにし、徒歩で帰宅するのはまだいいが、後で取りに来なくちゃならない。そのときも徒歩だ。
さらに駐輪代はどんどん嵩んでいく。
そうならないように、母さんから早急に小遣いを貰わねばならない。
あるいは何かを売りに出すかだ。
イヤイヤイヤ、それはダメだ。ツラ過ぎる!
ごめんなさい。俺の全財産をかける発言は、撤回します!
うちにすでにいる娘や、ゲームやラノベ、コミックは、ほんと厳選して残したものだ。
思い入れも、それだけ深いものばかりだ。あれを失うのは、身を切られるように痛いものなんだ。
今日も母さんが帰ってくるのは夜遅いから、どんなに早くても自転車を身請けするのは明日朝になる。そうなると、駐輪代は幾らになるんだ?
スマホで確認すれば分かるかもだが、とりま最大でも500円くらいとしよう。最低でも300円か?
やっぱり、少額でも痛い。明日小坊のように小遣いを握りしめて、もう一度来よう。
(凶星の娘アストランティアよ、どうかあと一日待っていてくれ! 吾が必ず迎えに参る!)
さて、ケースの隣にはこの店が売っている商品もふつうに並んでいる。
買い取りにしたフィギュアや、ストラップなどの小物などだ。
同じアストランティアのアクリルスタンド 300円なら買えなくもないとか思うのだが、ディフォルメされた2Dキャラは、あのフィギュアを見た後だとやはり物足りない。
じっと見つめる。
ディフォルメも、まあ悪くはなくなくないように思えてくる。
攻殻装身バージョンだけでなく、ノーマルの普段着のもある。それもイイ。
何と、異世界冥土喫茶で強制労働させられたときの、暗黒メイド・バージョンまである!
そして、なんてこったい! スティクス河での水遊び回の、悩殺ビキニ・バージョンだとっ!!??
これはヤバ過ぎる!
だがしかし、貴重な300円を費やすに足るのか?
太っ腹くんが「買っちゃえば~、だいじょぶだいじょぶ~~、一個くらい。ぜんぜん太っ腹でもなんでもないよ~」と小学生関取のような口調で泰然と微笑む。
「いいよ、いいよ、ぜんぜんいいよー、ムッキー! 4個買っても1200円だし! 駐輪場代残るし!」と赤髪赤貧のビンボーが煽る。
どうする犬養睦樹!
その時TReEの着信音が、テロンっと鳴った気がした。
俺は体を起こして、尻ポケットに手を突っ込んだ。
この手触りはスマホじゃなくて、不気味ヤドゥル人形だ。
スマホは反対のポケットだったか、と手をひっこめると、急に背後から肩を叩かれた。
・・・いつもおそばに、ベトベト置いて読んでくれてありがとう
お気に入り、ブックマーク、評価、SNSでの拡散とかもベトベトします
感想はもっとベトベトします
※ ※ ※ ※
睦樹の背後から迫るのは?
美少女フィギュアを買いに来た、近所の戸部のおじさんなのか、それとも??
次回10話は、令和6年9月24日公開予定!




