7. 目に見えぬ襲撃
― 前回のあらすじ ―
中野ブロードウェイで熱烈な一色あやファンの声に
耳を傾けた睦樹は、探索のために二階に移動する
俺の子どもの頃の中野ブロードウェイは、すでに過去のものとなっていて、しばらくの間かなり寂れた感じだった。
多くの店舗がシャッターを下ろし、いつも暗い感じの商業施設は、さらに客足が遠のいていった。
とくに三階四階は終わっていて、子供の間ではお化けが出るという噂と、屋上には楽園があるという噂で、かなり神秘的な不思議空間という存在だった。
実は小学生にして早くも廃墟好きでもあった俺としては、逆にあの寂寞感がかなり好きな雰囲気だったのだ。身近な冒険スポットだったのだ。
未だに廃墟は好きなのだが、廃墟ブームであまりに脚光を浴びてしまった。
本格的な廃墟探索がネットに上げられているのを見ると、置いてかれた感というか、俺の居てもいい場所が無くなってしまったんじゃないかと、そんな風に寂しく思っているのだった。
ところがブロードウェイは「まんだらけ」というマンガ専門古書店の進出がきっかけになって、少しずつ活気づいてきた。
その前からフィギュアを売る店や、他にはあまり見られないマニアックな店舗や、中古ゲーム専門店、オカルト系専門書店などが集まっていたのだが、そうした系統の店が一気に数を増していったのだ。
まんだらけも次々と規模を拡大していき、コスプレ用の服の専門店や、アニメ専門店、希少本中心のマンガ古書店みたいなディープなこともやり出した。
ヲタクの聖地はゆっくりと熟成されていった後に、まんだらけをきっかけに、大きく花開いたのだった。
だがしかし、怪しくも咲き誇ったサブカルの徒花、中野ブロードウェイのかつての姿は、そこには無かった。
「何か寂れたなあ……」
思ったより辺りは閑散としており、昔のようにシャッターを閉じている店舗が目立つ。
夏前に来たときは、確かもっと活気があったはずだ。
サブカルはブームだってのに、どうしたわけだろう。
三、四階ならともかく、ここはまだ二階なのだ。
しかも入口に近い方の、階段付近だというのに?
残念かつどこか腑に落ちない気持ちを抱えて、辺りを見回す。
人気の無いのを確認し、ポーチから不気味人形を取り出して小声で話しかけた。
「ヤドゥル、ゲートの場所に来たら動いてくれよ」
やはり返事はない。
だが、つながっていることを信じて、ジーンズのポケットに人形を入れた。
ここならピクリとでも動いてくれれば、察知できそうだ。
隠世のダークなイメージを連想しながら、暗い雰囲気の場所に足を踏み入れる。
通路の両側でシャッターが下り、照明の蛍光灯が切れかけて点滅しているという、いかにもな感じの場所だ。
気を感じる能力が現世でも反応するのか、どうにも嫌な気配はするものの、明確には分からない。
少なくとも吉祥寺の駅ビルより、何かは感じる。
慎重に歩みを進めていたところ――
「うぁ………………!!」
何がぞくっと冷たい怖気がすると同時に、首を絞められるような息苦しさを感じた。
この感じ、覚えがある。
高円寺商店街の隠世で、顔の潰れた亡者に命の精――エーテル・パワーを吸われたときのあの何とも嫌な感覚。
あのときは息苦しさは無かったが、この痛むような冷たい怖気は同じだ。
死霊は現世の人間からもエーテルを吸えるというのを、ヤドゥルが言っていたのを思い出す。ということは、死霊がここにいるのか?
子供のころの都市伝説が、今は現実になったってか?
しかも、こっちからは反撃できないどころか、視認することもできない。
「くそ、見えない死霊にEP奪われたってことか?」
傍から見たら超中二病的独り言をして、身構えながら辺りを睨みつける。
「クスクス……」
しまった! リアルの人――JKらしき女子二人組に見られた。
どうやら恥ずかしい台詞まで聞かれてしまったようだ。
俺は赤面してフリーズしてしまう。
痛い、痛すぎる……俺の玻璃心臓がこのままではもたない……。
女の子たちがキラキラした気を発散させながら去っていくのを、手にじっとり汗かきながら硬直して見送る俺は、国津神第三使徒のはずなんだが……。
(ガンガレ、ムッキー! お前は独りじゃない)
いや、よけい恥ずいし……。
しかし、その間新たな攻撃は無かった。
死霊も俺と同じく、女子のキャピキャピるんるんした空気が苦手なのか?
だとしても、断じて共感などしないぞ!
俺は中野にそぐわない出張自宅警備員だが、悪霊レベルにまでは堕ちちゃいない。
少し後退してから、改めて辺りを見回す。
俺様の邪鬼眼の霊視能力をもってしても、やはり何もヒットしない。
残念ながら、やはりこれは隠世でしか使えない能力のようだ。
そんな基本スキルぐらい、現世でも有効でいいんじゃ無いかと思うのだが。
ぜんぜん使徒になった恩恵がない。
トレジャーがキップルになるくらい、使徒は現世ではヘタレなのかも知れない。むしろポンコツほど、隠世では活躍できる法則があったりして?
あ、いや、他の使徒を知らないのに、俺だけを基準にしちゃいかんのだった。だったら、もっと俺強えーだしな。
夢の記憶では現世のものが一切ないので、使徒の日常は不明だった。
相馬吾朗と魂が共鳴できたのは、隠世だけなのだ。
いや、唯一あの澁澤教授がいた。
東大の教授で偉大なる魔術師と自己紹介してたんだった。
それが本当なら、ぜんぜんポンコツじゃない。
極めて変人くさいが。
ぜってー友だち居なさそうってのが、現世で俺との唯一の共通点だ。ほかは断然、向こうがハイスペックに違いない。
俺の自己肯定感が低いとか、自己卑下が染みついてるとか、そうした問題じゃなく、あの教授は只者じゃない。何しろ、現世で魔術を使えたんだ。
でも、俺なりにもう少し頑張ってみよう。
隠世で気の見えるあの感覚を思い出しながら、ゆっくり周囲を見渡してみた。
不気味で嫌な気配を、それとなく感じる場所は分かった。
まさに俺がさっきまで立っていた所だ。
しかし、何も目には見えず、何か居るという確証は得られなかった。
俺はその場所まで進み、周囲に誰もいないのを確認してから、高円寺の事故現場でやったように、両手を合わせて亡き人に祈ってみた。
しかし、何も起こらなかった。
「だめか……」
つぶやいた瞬間、また冷たい疼痛が背中をすっと走る。
それに、あきらかに首が苦しい。
またやられたのだ。
じっとりと手のひらに汗がにじむ。
首の辺りを掴まれていないか振り払うのだが、なんの感触もない。
俺は冗談じゃなく、まさに見えない敵と戦っているのだ。
とにかく急いで後退する。
充分距離を取って、もう一度呼吸を整える。
もしかしたらと思って、持ってきた金属棒を伸ばして、怪しげな辺りで空を斬ってみたが、効果があったかどうかも分からない。
多分効果ないのだろう。
やはり俺って現実ではポンコツってのを、確認しただけだ。
こちらからは手出し出来ない以上、もう諦めてここから離れるしかない。
結局小走りで逃げ出した。
ちょっと情けないがどうしょうもない。
俺は勇者ムツキじゃないのだ。
有り難いことに、そいつの攻撃が追いかけてくることはなかった。
「告:この存在は地縛霊です」――と、俺の中の[賢者]がスキル[オカルト知識]でそう告げる。土地に縛られて、その場からは離れられない哀れな霊だ。
こんな悪霊が巣食うほど、この建物全体が衰亡してるってことなのだろうか。
それとも子供のころの都市伝説は、実は本当にあった怖い話だったってことか。
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二階で悪霊と覚しき見えざる敵の攻撃から逃れ移動する
中野ブロードウェイは悪霊の巣と化していたのか?
次回8話は、令和6年9月22日公開予定!




