5. 一色あやに近づくなかれ!
― 前回のあらすじ ―
井の頭恩賜公園で相馬吾朗と勘違いして睦樹に声を掛けてきた
澁澤耶呼武教授との会話が続く
彼は睦樹の舌に違和感がないか質問した
教授は、いきなり脈絡もなく質問をぶつけてきた。
魔法学園とは関係あるまい。
教授は俺の舌が気になるのか?
それとも、舌に症状が表れる悪い病気でも、流行っているのか?
「舌に?」
「そう、何か異物感というような感触とかだが?」
「いや、無いですね」
「そうであったか。いや、失敬。いろいろと付き合ってくれた礼に、最後に吾輩から極めて重要であり、かつ君にとっても有り難いことこの上ない忠告を、授けようではないか。よおっく耳をそば立てて聞き給え!」
「は、はい?」
「汝、一色あやに近づくなかれ!」
「え? はぁ? あの……アイドルの一色あやですか?」
「他に誰があろう?! 穢れなき月の子、影なる國の精華、一色あやは唯一無二」
「なぜ? ですか……? どうして近づいちゃいけないんです?」
「決まっておろう。君の身の安全を図るためであろう!」
「俺の?」
「うむ、以上だ! いや、実に有意義な逢瀬であった」
俺は引っ掻き回されただけだが……
「おおっと、いかん。忘れるところであった。して、君の名は?」
「い、犬養睦樹……です」
マントが足りないだけのこんな怪人に、名乗るのは嫌だったが、つい気圧されて答えてしまった。
何よりこいつが名乗っているのだから、返さねばというのがあった。
俺って根は真面目なんだな。
「そうか、うむ、実に良い名であろう、犬養睦樹くん」
「はぁ……どうも……」
「それと――最後に尋ねよう、犬養睦樹くん、相馬吾朗くんに会わなかったかね?」
やはり、そうか……おそらく彼は相馬吾朗の敵対者、そして俺の敵でもあるのだろう。
「いいえ、会ったこと無いですね。知らない人です」
「ふむ……では、誰かから銀の鍵を託されたことは?」
「なんですか? それは……」
「ふむ……本当に知らないようであるな……いや、いろいろと教えてくれてありがとう」
いや、名前くらいしか教えてないが。
それとも俺、余計なことくっちゃべってしまったのか?
それは……無い、と思うのだけど……うん、そうだといいな。
「今日この時君に出会えたことを神に感謝しよう。君は相馬吾朗くんのごとく、頑なな若者ではなさそうだ。では、またいつか会おう!」
俺はなんか、一方的に押しまくられたのが癪な気がしたのかも知れない。
その立ち去る背中に、思い切って質問をぶつけてみる。
「あの、その相馬吾朗って、どんな人なんです?」
「現世での話かね? それとも……」
「その現世ってので、お願いします」
歩みを止めず、しかし身振りも派手に教授は答えた。
「ふむ……実は吾輩も詳しくは知らなんだが、吾が姪の一粒種である。人となりは……そう……あれは、心優しき風来坊であろう。なんとも無産的で正直な人品よ」
え? 一粒種ってことは、姪って人の一人息子? んじゃ、教授と吾朗は親戚ってことかい? どういうわけだ?
じゃあ、教授も国津神族なのか? どうにも違う気がする。
興味を無くして立ち去ろうという教授を止めようとしたのか、それを確かめたかったのか、俺はさらにヤバい質問を投げてしまった。
「あと、あなたの神族は?」
俺が確かに使徒であると、白状したようなものだ。
いや、すでにそれは知られている気がするのだが。
教授は立ち止まるとクルリと振り向き、嬉しそうにニヤッと微笑った。
「吾輩かね? 君等と敵対する悪魔族であろう」
「悪魔族……ですか」
「左様。隠世歌舞伎城にて相馬吾朗を討ち倒せし者、吾輩は悪魔族における第一使徒、澁澤耶呼武! 以後お見知りおきを、犬養睦樹くん」
「……………!」
何か返したかったが、高圧力な気のようなものが教授から押し寄せて、何も言えず、動くこともできずに俺は固まっていた。
澁澤教授は大げさに一礼すると、踵を返して去っていった。
これは、宣戦布告のようなものだろうか?
しかし、俺がどれだけ隠世に関わっているか、彼はまだ把握していないようだった。
使徒見習いくらいにしか、見ていないのかも知れない。
だがしかし、とにかく厄介なのに目を付けられてしまったのは確かだ。
それに、歌舞伎城で相馬吾朗を打ち倒したと言っていた。
するとあの、夢の記憶で現れた、憎悪の対象の黒い男が彼なのか?
鍵を探しているようだったが、それをキーワードにしてイメージ喚起しても、映像にノイズが入っていて良くわからない。
このノイジーなエフェクトは、黒衣の使徒と相馬の死に関わるものだろうか。
そして、舌に何かを乗せている嫌な感じ……これが鍵なのか?……だめだ、これ以上は不明。
激しいノイズの向こうだ。
鍵と相馬の死と黒衣の使徒との関係――この謎を解き明かすには、その歌舞伎城の現場を訪れる必要がある――そんな気がした。
だがしかし、これは――まだまだ先になりそうだ。
教授が「在りて在る者」ではないのは確かだろう。
アイドルの求めるもの云々伝えといて、一色あやに近づくなと言うはずがない。
俺は、どかっとベンチに座り直した。
水筒の麦茶をゴクゴク飲む。冷えていて最高に美味しい。
「ふぅ~~、疲れた………。なんだったんだ、あれは………」
仲間を求めてやって来たのに、敵に、しかもどうやら仇敵といえる存在に遭遇してしまった。
これは偶然じゃないのだろう。
何らかの方法で、俺の行動を察知したとしか思えない。
しかも、最初は俺のことを、相馬吾朗だと思い込んで近づいてきたわけだ。
少なくとも悪魔族の間では、俺には相馬吾朗タグがぶら下がっていて、ある程度察知されてしまうってことか?
そいつは勘弁してほしいぞ。
この遭遇でそれなりに収穫はあったが、本来の目的の達成率はゼロパーセントだ。
今度来るときは、もっと下調べしてから来よう。
このまま当てずっぽうで探索していても、時間の無駄でしかない。
予定変更して、一旦家に帰ろう。
そして中野に行く前にシャワるとしよう。
中央線の南側は、さらに真っ直ぐな道は無いので、北側に出て来た道を戻る。
知らない道を楽しむ代わりに、迷走してタイムロスするリスクを負うことを避けるぐらいには、俺の性格は平々凡々だ。
自転車で風を切りながら考える……一色あやに近づくなと言われたが、いちファンとしてライブをちょろっと観るくらい、パンピーと変わりゃしない。
そう目くじらを立てはしないだろう。
握手となると、グレーゾーンかも知れないが、教授の忠告とやらを律儀に聞く義理はない。
俺の身に何か災いが起きるってことも、さっぱり想像できん。
だいたい、なぜ俺の身に危害が及ぶような事態になるのか。
握手した途端、ストーカー的ファンがナイフ持って襲ってくるとか?
ううっ……昨夜、もとい、今日未明に体験したばかりだ。たぶんあいつはファンじゃないだろうけど。
まあ、そんなことは起きないだろう……多分……めっちゃくちゃ振り切れた不運属性でも持ってない限り。
すると、やはり神族がらみのいざこざに巻き込まれるってことか?
ううむ、やっぱり良く分からん。
それより教授として、なぜ一色あやに近づいて欲しくないのかを、ちゃんと聞いとくべきだった。
そうすれば、ある程度身に降りかかる危険は推察できたろう。
となると、[一色あやに近づくな]の逆張りになるであろう、[偶像が求むるモノを知れ]と言ってきた「在りて在る者」は、悪魔族に敵対しているってことか。
つまり敵の敵ってことで、味方ってことでいいのか?
いや、そう単純なことでもなさそうだし……。
帰路につきながらいろいろ考えてはみたものの、まだ情報が足りなすぎる。まずは行動することで、知らなくてはならないようだ。
チューイ、チューイ! キョージュにチューイ!
ここまで読んでありがチュー!
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※ ※ ※ ※
澁澤教授は匣の鍵を探していた
すると、あやの匣は開いたままなのか?
これ以上の吉祥寺探索を諦め
中野に向かう睦樹だった
次回6話は、令和6年9月20日公開予定!




