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3. 吉祥寺の探索

― 前回のあらすじ ―


  推理の結果、睦樹は一色あやのライブの時間と場所を突き止める

  中野ブロードウェイにて、15時から17時の間だ

  自宅警備員出張の一日の始まり

 さて、時間はまだ朝の十時前だ。


 なんてこったい!

 すげえ早起きしちまったぞ俺。


 それに中野のライブに出かけるには、ちょっと早すぎるぜ。


 というわけで、俺は自らに過酷なミッションを課すことにする。


 10時半に出発。

 まずは吉祥寺を探索する。

 吉祥寺隠世にて、装備を入手して国津神の情報を手に入れる。

 13時に吉祥寺を出発して中野に向かう。

 14時に中野ブロードウェイで隠世の入口を探索。

 15時より一色あやのライブ。あわよくばアイドルと握手だ。

 17時より、再び中野ブロードウェイを探索。

 悪魔族に対して偵察を行い、危険を感じ次第撤退。

 余った時間、中野ブロードウェイの商店でウィンドウ・ショッピング。

 19時には帰宅。


 完璧な計画である。


 昨日を除く、近ごろの俺の稼働率比でいくと、10000%増しくらいの激務である。

 自宅警備員としては、これは出張といっても過言ではない。もちろん出張手当などは出ない。


 激務(ハードワーク)に向けては、まずは腹ごしらえだ。

 俺は階下に降りて行った。


 ざっとシャワーを浴びた後、母さんのサンドイッチを、ヌルーイ・コーヒーで食べながら、録画した今期推しアニメを一本観賞。負けヒロインが切なすぎる。


 ヤドゥル人形や脱法ハーブ、それに伸縮する金属棒と、昼ごはん用サンドイッチもウェスト・ポーチに詰め込んだ。


 吉祥寺ではどうにかしてゲートを見つけたい。

 怪しい場所に行けば、何となく判りそうな気がする。


 那美も言っていたように、装備が足りないのだ。

 防具とサブウェポンを手に入れたい。


 隠世の商店は吉祥寺(ジョージ)にもある。

 中野、新宿、渋谷にも、それぞれその隠世を支配している神族の店があるはずだ。


 吉祥寺ならお仲間の店ってことになるから、もしかして少し割引きしてもらえたらラッキーだ……って、そういや俺って隠世の金持ってないよな?

 まずはヤドゥルと相談だなこりゃ。


 下手すると、地道に金稼ぎのRPGになるかもだ。レベル上げもだし。

 早く那美を見つけなくちゃならないのに、ダイジョブか……?


 予定に五分遅れて外に出ると、昨日と変わらず日差しが容赦ない。

 まだまだ残暑真っ盛り。

 アスファルトの照り返しが厳しすぎる。


「二日連続で日中出かけるなんて、まったく俺はどうかしちまったぜ!」


 ヴァンパイア属性を制御しながら、わざとらしい台詞を吐いてみた。


 ほんの昨夜のことだ……いや日付は変わっていたから今日未明か、あんなことがあったのに、白日(はくじつ)(もと)に照らされた街角は、怠惰なる日常を装って平穏そのものだ。


 しかし、あの場所を俺は直視できないでいる。


 この街は変わってしまったのだ。もとの世界にはもう戻れない。


「しょせん……血塗られた道か」


 某姫殿下の台詞が降りてきて、邪魔な思いを振り切る。

 俺はペダルを踏み込んだ。


 自転車でゆったり進めば、頬に当たる風が気持ち良い。

 昨日は少し歩いただけでクラクラ来たのを思い出す。

 やはり歩くより断然快適だ。


 すぐに隣の駅のエリア、緑の多い阿佐ヶ谷明神宮の鳥居の前を通る。

 ここの祭神は天照大御神だから天津神だろう。

 うちらは国津神だが、協力関係にあるはずだ。


 すぐご近所の神社なのに、今まで初詣以外にはお参りにも来たことが無かった。今度ちゃんと改めて参詣しよう。


 阿佐ヶ谷は、大きな商店街が幾つもあるのが有名だが、駅前を南北に走る都道を渡った先のそれは、小規模で名も知られていない。


 あっという間に通り抜けると、そのまま住宅街を荻窪方面へと向かう。

 自電車で走るなら、こうした車の少ない細い道の方が楽ちんだ。


 途中コンクリート建築のキリスト教会があったが、天使族はこうした小さな教会とも関係しているんだろうか。


 荻窪駅前で青梅街道を渡り、白山神社の参道に沿って走る。

 白山神社は、天津国津どっちの神様だろう?


 こうして意識して走ると、身近にたくさんの宗教施設があるのに気がつく。

 今まではその存在を、まるで無視していたみたいだ。


 左に中央線を見ながら環状八号線を陸橋で渡ると、今度は正面にお寺が現れる。

 寺院にはどこかの神族が、絡んでいるんだろうか?


 そのまま境内を抜けられそうな細道がある。

 かわいいお地蔵さんたちが並んでいる前を通り、お寺と線路に挟まれた狭い遊歩道に入る。

 前から人が来て、自転車を降りて避けないと通れなかった。


 ふたたび住宅街を走るとやや下り坂で、やがて川に出た。

 なるほど川に向かって低くなってたんだ。


 たしかこれは善福寺川だろう。

 岸はどこまでもコンクリートの高い壁に囲まれて、風情も何もない。


 東京の川は、だいたいこんな感じだ。

 治水と利便性を優先したから仕方ないのだろうが、もう少し緑とか増やせないもんなのか。

 水はまあまあ透明だ。昔は濁ったドブ川で、悪臭もすごかったって聞くから、だいぶ良くはなっているのだろう。


 すぐ横の鉄橋を、上り電車が轟音を立てて渡っていく。

 中央線と並走する、総武線の黄色い筋の入ったやつだ。


 ここまでおよそ十五分、まあまあのペース。


 川を離れると、閑静な住宅街の中をだらだらと登り坂が続く。

 ゆるい坂だが足に負荷がかかり、一気に汗が吹き出す。

 やっぱり運動不足だな。暑さも猛烈に襲ってくる。


 国津神第三使徒として戦っていくのに、これでいいのかとも思う。

 しかし、フィジカルな体力は、隠世でどれだけ役に立つのだろうか?

 これは確かめてみる必要がある。


 西荻窪の駅前を抜けると、道は北へと向かう。

 どんどん線路から離れてしまうが仕方ない。吉祥寺にたどり着くまっすぐな道がないのだ。


 東京女子大の白く美しい校舎が見える交差点まで出て、左に折れ車道を走るとやっと西向きになる。

 武蔵野第三中学とか、この辺は区立中学までおしゃれか。


 その校門の隣にある小さな鳥居が気になる。たぶんお稲荷さんだ。

 祭神は宇迦之御魂神だから国津神に入るはず。

 ヤドゥルも稲荷神社とは親和性が高いとか言っていた。


 再び左に折れ、住宅街を進むと吉祥寺駅はもうすぐだ。

 吉祥寺というけれど、この街にその名のお寺はない。

 高円寺にはちゃんと高円寺があるけどな。


 江戸時代、駒込にある吉祥寺の門前町の人々が、大火で焼け出されてこの辺りに移り住んだとき、その名を持ってきたのだそうだ。


 東西に伸びる五日市街道を南進して渡り、再び中央線にたどり着くと、もう駅はすぐそこだ。

 ちょうど駐輪場があるが、無料は一時間だけであとは百円かかる。


 どこかにもう少し長く置ける無料の駐輪場はないものかと探すと、より駅近に二時間までなら無料があるじゃないか。

 満車だったが、自転車を出す人がいたので入れ替わりに駐輪できた。


 ここまでおよそ三十分弱。いよいよ吉祥寺探索の開始だ。


 夢の記憶の吉祥寺隠世は、複雑に入り組んだ建造物的ダンジョンと、アーチ状の高い屋根を持つ白い通路、そして駅の南側に広がる、井の頭公園を思わせる緑と水の迷宮がつながった世界だった。


 さて、吉祥寺にはダンジョンを思わせるような複雑な構造の駅ビルと、アーケード街がある。

 まずは涼を取るのを兼ねて駅ビルのアトレに突入。


 圧倒的に女性客が多い。平日の昼間からぶらぶら買い物ができる尊きご身分の方々に違いない。

 どの店もオシャレで、ものすごいアウェー感。


 アロマや化粧水の匂いと人の密度で酔い、ちょっと広いスペースになった広場のベンチに、早くもぐったりとなって腰掛ける。

 余りに早いダウンである。だけどまだ、タオルは投げないでくれ。


 その後も気を取り直して頑張って歩き回ったものの、収穫なし。

 当てずっぽうで歩き回ってもだめだ。


 ゲートがある場所に行けば、何か感じるものがあるかと思ったのだが甘かった。

 余りの無計画さに吾ながら呆れる。


 ポーチから不気味人形を取り出し、そっと話しかける。


「ヤドゥル……この辺にはゲートはないか?」


 しかし、ピクリとも動かない。


「だめか……」


 地下ダンジョンを後にした俺は、駅の北側に広がるアーケード街に入って行った。


 吉祥寺のアーケード街は、丁字路になっているダイヤ街と、長くてまっすぐ南北に伸びるサンロードがくっついて、ほかの街にはない作りになっている。


 だがしかし、ここはヤバかった。

 何がヤバいかといえば、人が多すぎるのだ。


 昔は人混みもさほど気にならなかったが、高校も後半から人酔いするようになった。


 気分が悪くなって、ゲートの霊妙なシグナルを感じ取るどころの話じゃない。


 たぶん気温が高いのも影響しているのだろう。

 俺は逃げるようにして、井の頭公園の方に向かって行った。公園にもゲートがあるかも知れない。


 神田川の源流となっている池の周りを一周したものの、それらしきものは探知できず。

 井の頭池のさざ波に光が乱反射するのをぼうっと眺めながら、木陰のベンチでヘタれている。


 ここは、大谷由希名ちゃんとのデート妄想を、補完するために訪れて以来だ。

 あのときは独りでボートに乗ったのだが、別に寂しいとか孤独とかは感じなかった。


 しかし、改めて今見ると、ふつふつと心の底から湧き上がるものがあった……。


 以前と同じく水面(みなも)を行き交うボートのほとんどがカップルである。

 こいつらは、使徒が隠世で死闘を演じていることなど知りもせず、もちろん感謝することもなく、昼間から水上イチャコラしているのである。


 まったくもって許しがたい。

 ああ、度し難く許しがたい。


 だがしかし、俺はかつてのように、ただの無力なニートではないのだ。


(ここに無明煉獄(ダークゲヘナ)の王(ロード)が命じる。即爆発☆即轟沈せよ。そして吾が下僕、人面魚どもの餌食となるがいい!)


 ――俺は阿鼻叫喚の井の頭池を夢想しながら、独りクスクス……と、ほくそ笑んでいた。


 すると……


「やはりいたか! 君であろうとも! 相馬吾朗くん……」


 突然、男の声が背後からかかった。

つねづねお読みになられる由、かたじけのうありんす

お気に入り、ブックマーク、評価、SNSでの拡散などなどと、妾には何のことやらさっぱり

ご感想をたまわれば、大司教も思うところありとか

さて、どうぞ次回をお楽しみにされるがよろし


 ※ ※ ※ ※


国津神のテリトリー井の頭恩賜公園で

睦樹を吾朗と間違え声を掛けてきた男とは?


次回4話は、令和6年9月18日公開予定!

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