2. ライブを探せ!
― 前回のあらすじ ―
自宅でメガロ・ニュースをチェックする睦樹
一色あやのライブの情報を探る
さて――ライブがあるというサブカル聖地といえば聞こえはいいが、要はオタクの巣窟である。我が同胞魔族どもの集う、万魔殿だ。
都内ではまず秋葉原か、それに次いで池袋だろう。
あと中野も、あまり知られていないがそれに入る。
中野だとしたらすぐ近所だ。
高円寺の隣の駅だし、歩いてだって行ける距離にある。
アキバだとしても、電車一本で行ける。
中央線で御茶ノ水まで出て乗り換える方が速いけど、高円寺から総武線に乗れば乗換なしで座って行ける。
集中して本を読んでいれば、その時間は無駄ではない。
ただし、それも電車賃があればの話だが。まあ、行くだけなら金が無くてもなんとかなる。俺の配下には、魔獣自転車がいるのだ。
スレイプニルは北欧神話の神が乗る馬だが、そんなのも隠世にはいるんだろうかね。吾朗の記憶には無いが、出会ったらかなりビビりそうだ。
それにオーディンが乗ってたらと思うと、俺など即死レベルか。
いつかそんな日が来るのに備えて、鍛えていかなきゃだ。
はぁ……リアルで駆け出し冒険者の気分だ。
本物のスレイプニルは8本足だが、うちの子は2輪しかない。
まあ、ヤツの1/4でも、アキバへの騎行くらいには充分だろう。
この残暑の中、かなりの覚悟が必要だが、死にはしない……と思う。ブクロだったらまだ近いし、まあ問題なかろう。
それにしても、場所と時間を公式サイトで探索せよとは、かなり興味をそそられる。
もちろん、今は優先順位でいったら水生那美の行方だ。
まずは国津神の拠点である吉祥寺に行くべきだろう。
吉祥寺には行くのは確定だが、とりまサイトをチェックして、探索に挑戦するくらいは無問題。
行くことになったとしても、候補地の秋葉原、池袋、中野には、それぞれ隠世のゲートがあったはずだ。
ついでに探索してシンを手に入れれば、他の異界の探索にも役立つはずだ。
一石二鳥じゃなかろうか。うむ、そうに違いあるまい。
公式ホームページでは、黒ゴスで決めた艶やかな一色あやが迎えてくれた。黒から虹色に輝く鳥の羽の装飾が美しい。
彼女がブリュンヒルデと名付けた、お気に入りのコスチュームだ。
ブリュンヒルデってのは、北欧神話の天駆ける戦姫ワルキューレの名前だ。
ワーグナーの『ワルキューレの騎行』がクラシック音楽で有名だけど、ゲーマーとしては、セガの『戦場のヴァルキュリア』や、かなり古いけどナムコの『ワルキューレの冒険』だろう。
ワがヴァになってるのは、ドイツ語と英仏語系の発音の違いかな?
アトラスの『オーディンスフィア』には、ブリュンヒルデその人が主人公として登場していたな。
白銀の鎧も美々し、天翔ける美少女戦士ブリュンヒルデ。
戦場に於いて名誉の戦死を遂げた強者どもの魂を誘い、戦神オーディンの居城ワルハラへと集わせる死神でもある。
『ヴァルキリープロファイル』なんてゲームもあった。これなんか、もろにワルキューレが英雄の魂を集めるゲームらしい。
こうして集められた戦士たちは、朝な夕な互いに殺し合うことにより、武術の腕を競うのだった。
やがて戦場が屍だらけになると、一陣の風が吹きぬける。
すると戦士たちは蘇り、喜び勇んで再び剣を交える。
夜が訪れると、互いの武威を称え合いながら、城でエールを酌み交わす。
こうして来るべき最終戦争に備えるのだ。
すべての神々が死に絶える、その戦いのために……。
まさに厨二病のための神話設定じゃなかろうか! ゲルマン民族男子は、度し難き厨二病患者に相違あるまい!
俺が北欧神話の救いが喪失したファンタジー世界に思いを馳せていると、TReEの着信音が小さく鳴った。
何の気なしにスマホを見ると、例の怪しい神様からの二度目のメッセージだった。
[在りて在る者:
偶像が求むるモノを知れ]
ドクン、と、思わず心臓が高鳴る。
偶像とは、街角のお地蔵さんから十字架上のキリストまで範囲は広いのだが、英語ではアイドルと訳される。
逆にアイドルを日本語に訳すために、新熟語が作られたのかも知れないけど。
前回も水生那美に関わろうとするタイミングで、このメッセージが届いた。
まさかこの偶像とは、一色あやのことを指しているんじゃないのか?
だとすると、ただの偶然とは思えない。
俺はこの在りて在る神様を僭称する何者かに、ヤドゥル人形並みの執着で、監視誘導されてるってことにならないか?
これは超ヤバい。厳重警戒だ。
とはいえ、こっちからは何もできんし、此奴の手のひらの上で、踊らされてるのかも知れないのだ。
レスすべきか……俺はしばらく考えたあげく、スマホに指を走らせた。
[過浪レフター:
在りて在る者さんありがとう。これからもよろしく。ところで水生那美はどこにいる? なぜ警戒する? そして偶像とはアイドルのことですか?]
これにちょっとでも答えてくれたら、めっけもんということにしよう。
今は那美の情報が得られるなら、悪魔の手も取る。
イヤイヤイヤ、これは神の手なのか? ほんとに?
さて、こうなったら本気出すしかない。俺はあやの公式サイトに目を戻す。
今日のシークレット・ライブの情報はどこだろうか?
あった!
小さな[Live]って言う文字が、ホームページの隅で躍ってる。
そこをクリック。
すると、黒背景にたくさんの白い漢字フォントが躍る映像だけの、シンプルなページが現れた。
真っ黒の画面で見えない床や壁に当たると、文字たちは心地よい音色と共に跳ね返る。
この黒画面は、四角い部屋状の3D空間になっているようだ。
漢字たちはくるりと回転したり、近くに来て拡大、遠く離れて縮小されたりする。ひっくり返って裏返り、飛び跳ねながら角度を変えていく。
文字自体は厚みのない平面なので、時折真横になって表示が消失することもある。
右下にはあやのデフォルメ・キャラが可愛いアニメーションで踊っていて、ときおりポップされる吹き出しには「分かっても、みんなにはナイショね」と表示されている。
動き回っていてなかなか読み取れないけど、とにかく全部の踊る漢字をピックアップしていこう。
意外とこういうのは得意だ。ひとつに集中するでもなく、全体を俯瞰しながら見えてきた漢字を書き出した。
すると、[申][公][小][生][犬][方][秘][路][時][広][密][於]……以上の十二文字のようだ。
[秘][密]のつながりはすぐに分かった。シークレットだ。
ということは[生]がライブなのだろう。
「秘密生とかって、ちょっとエロい? いや、アホか俺」
などとバカな妄想に転ぶ自分を戒めつつ、さらに残された漢字に取り掛かる。
[於]は場所を、[時]は時間を示しているってことでいいだろう。
残るは[申][公][小][犬][方][路][広]の七文字だ。
しばらくにらめっこしていると、[広][小][路]じゃないかと思えてきた。
まさか上野広小路は違うだろう。
秋葉原に近いものの、あそこにはオタク要素は微塵もない。
そうだ、[広小路]だったら、broad way にならないか?
ということは、中野ブロードウェイってことでイケそう?
それは中野駅前にある、住居棟を兼ねた古い商業施設だ。
あそこはオタク、もとい、サブカルの聖地に他ならない。
というか、中野を聖地たらしめているのは、まさにそこなのだ。
中野区出身のオタクの聖女ショコタンにしてオタクの女王たる中川翔子さまも、幼少のみぎり中野ブロードウェイでオタク文化に感染したのだ。
そしてその麗しき相貌から清らな骨の髄まで侵食され、ヲタ道を先鋭化させながら今日に至るのである。
まずはそのブロードウェイ路線で推理してみよう。
となると、残り[申][公][犬][方]で、「中野」を意味するのを探せば確定する。
そうすれば時間を示す言葉が残るはずだ。
[犬][申]で犬が申す。
ワンと申す。うーん………。
[犬][公]でワンコウ。
ワンコ、ワンコ………ワンワンコ~、ワンワンワン、ワ~ンコ~~。
(やめい! 止めろ、俺)
逆で[公][犬]で、警察を意味するとか?
中野警察署も近かったな。
待てよ、[申]を抜くと残りが[犬][公][方]になる!
犬公方といえば五代将軍徳川綱吉である控えおろう!
生類憐みの令で、中野に広大な犬の飼育園を作ったアホ将軍だ。
きっとこれが中野を示してるに違いない。
ってことは[申]が残る。
誰が何を申すんだ?
申す、言う、喋る、チャット……。
いや、場所である[於]に対応する中野ブロードウェイは分かったから、あとは[時]に対応する時間を示す文字だ。
[申]の画数は五だから、五時……午後五時ならあるか。
しかし謎解きとしていまいちだ。
[申]の形がなんか8に似てないか? ……いや、ダメだろそれ。
詰まったのでネットで調べると、[申]には干支のサルという意味があった。
そして十二支の申は時間をも意味する。
そう、午後三時から五時が、申の刻なのだ!
たぶんこれでビンゴだろう。
これだけ分かりにくいヒントなら、あまり混まないかも知れないぞ。
いつも読んでくださりありがとうですん
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でも、甘やかしてはなりませんですの
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一色あやのライブの時間と場所は突き止めた
さて、今日も出かけることになる自宅警備員だ
このままでは、その職種というか称号も返上となるだろう
次回3話は、令和6年9月17日公開予定!




