12. もうひとつの目覚め
令和6年9月15日公開 第11章最終話
― 前回のあらすじ ―
殺テロらしき男に襲われるが
自警団に助けられた睦樹
黄金のススキの原に那美の夢を見る
シーンは変わって……
戦場で生き残るために、彼女は竜族の血を最大限利用した。
大量に浴びた血を蒸散させずに力として吸収し、さらに外皮で硬質化させ、鎧として身に纏ったのだ。
自らの糧とし、防御を強化し、偽装にも用いた。
探知に優れた者さえ欺けるよう――彼女の存在は、斃れた竜の一部が、地に刻印されたものとして感じられたろう。
同胞のシンたちが討ち取られたり、相討ちとなって消えゆく中、そこで散った者たちの存在の力さえも吸収した。
そうして土遁により地中に潜り力を蓄え、己の存在を消すため休眠に入ったのだった。
そして彼女はじっと待っていた。
敵が去るのをではない。兆しが訪れるのをだ。
隠世での時の流れは、現世と比べて格段に速い。
現世での一日が、ここでは一週間を超えよう。とうに敵は立ち去り、騒ぎを調査しに来た管理官も興味を失い、そして誰も居なくなった。
その間も、微細な繊維が毛細血管のように張り巡らされて、さらに末端は広がっていく。
こうして地底に網のように張り巡らせた彼女の根は、そっと耳を澄ませていた。
時折訪れる隠世人の足音、精霊虫の微かな嬌声、不気味なスカベンジャーの徘徊……そうした雑音を、根は要らぬ情報として振り分け遮断する。
幾日かが過ぎ、根は特異な変化を感じ取り、眠れる姫に伝えた。
(……………………!)
彼女はずんぐりした体躯を、ぶるっと震わせると、その太い鎌首をもたげ、久々に外の空気に触れた。
(主さまよ、目覚めたかの……)
そのまま地中から這い出すと、崩れかけた建物の陰へと消えていった。
※ ※ ※ ※
「ここは……どこだ……?」
俺は無明の中で立ち上がった。
俺のすべてを支配していた苦痛は消え去り、微睡みの誘惑もまた遠ざかっていた。
その代わりに俺の中にあるものは、まったく別の熱い塊だった。
それは激しい餓えにも似た、耐え難い衝動だ。
「――しなくちゃ……」
そう、しなくちゃならない。
でも、何だ?
何をしなくちゃなんだ?
「行かなくちゃ……」
知らぬうちに、俺は呟いていた。
そうだ、行かなくちゃならない。
さあ、こうしちゃいられない、すぐに発とう……
いや待て、どこにだ?
何処に行くんだ?
違う……違う、場所じゃない……そう、場所じゃないんだ……
誰かの元に、だ!
「助けに………」
それだ!
助けに行かなくちゃ!
俺が一歩足を踏み出すと、辺りが捻れた。
また一歩……俺に引きずられて、空間が軋んだ。
生じた隙間から、強い風が吹き付ける。
風が俺に囁く……
「行かなくちゃ……」
「君のもとに……」
「助けに……」
「待て、ダメだ……」
「こんなはずじゃなかった……」
「雨に濡れ……」
誰だ? 誰の声だ?
「どうして私が……」
「この、バカヤロー!」
俺の? 声なのか……?
「――できなかった……」
「まだ、死ねない……」
そうだ、まだ死ねない……
「お、お母さん……」
「チクショウ! チクショウ! チクショウ!」
「ここで終わるものか……」
そうだ、夢を終わらせない……
「無念…だ……」
「おうちに帰れないの……」
「諦めるな!」
「死なせない、ぜったい……」
「いまだ、行けーー!!」
歪みから吹き込んだ風の言葉が、俺を満たす。
さらに一歩、すると荒れ地が俺を迎える。
「オオオオオオオオオオオオオオオオーーーーーーーーーーー!!!!!!!」
叫んでいる……誰かと俺とが……。
恐ろしいばかりの力が、その音声に乗せられている。
その響きに、荒々しい風が巻き込まれ、声を合わせ唱和する。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーー‼️‼️‼️」
これは……どこからくる力だ? ……俺の力なのか?
「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーー‼️‼️‼️‼️」
ああ、ムカつく……ムッチャ不快で強大な力だ――それに満ち溢れている。
これなら……これなら……イケる……
ああ、そうだ……もう、誰にも負ける気はしない。
「グオオオオオオオオオオーーー………」
俺は、誰かに負けたのか?
それは誰だ……?
……誰だ?
………俺は?
「うおお………?」
その時、俺のコートから何かが転がり落ちた。
それは白い小さな頭にスカートが付いた人形………だった。
そいつが、ころころと転がった先で踏みとどまり、まるで生きているかのように、ふわっと浮かび上がった。
そうしてゆらゆら揺れながら、俺の顔に近づくと、耳元に囁いた。
「キミハ・ソウマ・ゴロウ……」
俺が?
そーまごろー。
俺の手が勝手に動き、てるてる坊主の頭を掴むと、握りつぶしていた。
俺はひどく不愉快で、そして力に満ちていた。
俺の望みは、誰かを助けることだ。
シンプルで、そこだけ心地よい。
そのためには、とにかく邪魔者を壊さなくてはならない。
(お待ちくださいなの……)
また、別の声がした。
(主さま……お目覚めなの……)
「誰だ?」
足元を見ると、丸々と太った大きな蛇が、汚らしい黒い血にまみれて転がっていた。
「お前は……俺を……邪魔する者か?」
(いいえ、わしは主さまを助ける者なの………)
蛇はそう言うと、ぶるぶると体を震わせた。
その背中が弓なりに反り、メリメリと縦に割れていく。
そして中から皮を裂いて、何かが外に出ようとしているのだった。
その濡れた塊は、ゆっくりと立ち上がると、緑の髪なびかせる美しい女となった。
「わしの名は鹿屋野比売。さあ、主さま、共に参りますの。たとえ地獄の果てまでとも」
そう告げると、姫を名乗る女は手を伸べた。
俺はその心地よい言葉にうなずき、そのしなやかな手を取るのだった。
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※ ※ ※ ※
相馬吾朗復活……しかし彼の意識は?
これが妄鬼なのか!?
次回、第12章が始まります。
令和6年9月15日公開予定!




