11. 日常の裏、非日常
令和6年9月14日公開
― 前回のあらすじ ―
隠世から戻り、ボロボロのシャツを着たまま
高円寺駅前から家に帰宅する睦樹
しかし、背後から不審な男に付けられる
睦樹が走り出すと、男も追ってきた!
突然強い光に照らされて目が眩む
「止まりなさい!」
幾つもの強力なライトが、俺の目を射た。
俺は思わず立ち止まる。
住宅街の角から現れた男たちが、どかどか俺の脇を走り抜けていく。
手に手に商店街の提灯。
自警団の人たちだ。
「待て!」
「このテロ野郎!」
駆け足が遠ざかっていく。
近所の犬が興奮して吠えまくっている。
「大丈夫か、君……あ、犬養さんとこの……ムッキちゃんじゃないか?」
そのちょっと恥ずかしい幼名で呼ばれるのが、こんなにホットしたことはない。
「あ、そうですが……」
「俺だよ、近所の戸部だよ」
「ああ、戸部のオジサン、今晩は」
それは二軒斜向かいの戸部さんだった。てか、ここってもろ戸部さんちの真ん前だ。
確か、一流商社に勤める四十過ぎの会社員さんだ。
貫禄というか人間的落ち着きから、ある程度の役職にも就いているのを感じさせる。
戸部さんは、優しそうに微笑みながら、俺の背中を軽く叩いた。
背中側にはシャツの穴は空いていない。
「今晩は~じゃないよぉ」
「いや、そうですね……なんか、追っかけられました」
「彼女んちの帰りにしては随分早いな。さてはフラれて追い出されたか?」
どうやらさっき商店街ですれ違ったときに、肩を叩いたのが戸部さんのようだ。
それに完全に勘違いしているというか、わざとややこしい方に話を持っていってるのか……確かに彼女に会えなかったという意味では、めちゃ合ってるんだが。
「いや、そもそも会えなかったです」
「そりゃ、残念だったな。でも、近頃は夜遊びは危ないぞ」
「はい……スミマセン」
「どうしたんだ? ボロボロの格好じゃないか。あいつにやられたか?」
と、クイと顎で俺の背後を示す。
俺の家の二、三軒先で、あの追いかけて来た男に、自警団の連中が黙々と暴行を加えていた。
「ちょ、やり過ぎじゃないすか? 死んじゃいますよ?」
「死ぬかも知れないな」
「え?」
「君は見なかった」
「そんな……」
「いいな? 黙っとけよ、ムッキちゃん」
「どうして……こんなことを?」
「こうするしかないんだ」
「殺す……ってことですか?」
「あれを逮捕して警察に突き出しても、証拠が上がらない。すると直ぐに釈放される。そしたらまた、どっかで日本人が殺されるんだよ」
「でも、あれって本当にテロリストなんですか?」
「おい、見なかったのか? ナイフ持ってたぞ。ムッキちゃん背中からズブっとされそうで、危ないとこだったよ」
「――――えっ!!」
「警察にも裁判所にも奴らの仲間が潜りこんでる。だからもう、自分たちで家族を守るしかないんだよ。分かるだろ?」
「死体とか……どうするんですか?」
「大丈夫だ。心配すんな。ムッキちゃんは何も知らない方がいい。ただ黙ってるんだよ。今日は俺達にも会わなかったし、あの男にも追われなかった。分かったな?」
「あ……はい……分かりました、戸部のオジサン」
「ただ、君に覚悟があって、何かを真剣に守りたいと思った時には、俺ん家を訪ねといで」
コトはごく静かに終わっていた。
ぐったりした男を、四人の自警団員が手足を抱えてどこかへ運んでいく。
俺は呆然として、それをただ黙って見送るしかなかった。
※ ※ ※ ※
家に帰ると、緊張の糸が切れてどっとソファにへたり込んだ。
どうやら騒ぎに母さんは気づいていないようだ。
冷蔵庫から麦茶を出して、コップ一杯一気に飲み干した。
ようやく人心地つくと、忍び足で二階に上がる。
いつもの深夜モードのように、自室の扉をそっと閉めると、ベットに倒れ込んだ。
日本はこんなところまで追い込まれているのか?
ほんとうのほんとうに、あのパーカーの男は連続殺人テロリスト――殺テロだったんだろうか?
俺を追ってきたのは間違いない。
ナニカ俺が落とし物して、それを拾ってとかだったりしたら……。
持ち物チェックをするが、今日の俺は極めてシンプルだ。
キップルもスマホもちゃんと持っていた。
となると、やはりそうなのか。
戸部さんもナイフ持ってたって言ってるしな。
どころか、俺を刺そうとしたって……。
見間違いって可能性は残されてはいるものの、少なくとも嘘じゃないんだろう。
「ほぼ殺テロ確定ってか……ウソだろ、マジか~~……」
しばし、ベッドに横たわり天井を見つめた。
隠世であれだけのことがあっても、四十五分くらいしか経っていなかった。
現世を歩いた往復の二十分、最後の騒ぎを五分として、隠世に居たのは現世時間では二十分ということになる。
体感では三時間くらいだろうか。およそ九倍か。
疲労はスネコスリのお陰でほとんど残っていない。
「ありがとよ、スネキチ」
しかし精神的疲労はかなり来ていた。
俺は起き上がると、珍しくPCも点けずに着替えだけして、再びベッドにひっくり返る。
戸部さんたちご近所の大人たちは、集団で殺人を犯した。
しかし自分たちや、自分の愛するものたちを守るためだし、今夜のターゲットはたぶん俺だったわけだ。
俺を守るために殺したってことになる。
そして彼らは命の恩人ってことだ。
ドレッドヘアのハーブの売人の最期が目に浮かぶ。
道路に溶けていく身体……目がぐるぐる回る。そして何か囁いて消えた……。
俺もさっき、人を殺したかも知れないんだ。
自分自身を守るために。
現実にはあり得ないと思っていた「血塗られた道」が、日常の裏側に横たわっていた。
暗くて陰惨なその道が。
気がついたら、俺もそこを歩いている。
むかしの平和な世界は、どこに行ってしまったんだ?
いや、初めからそんなものは、この世の中には無かったのかも知れない。
ただ、誰も気づいていなかっただけで……
あの殺テロ犯は、なんのために俺を襲おうとしたんだ?
命じられてか? それとも殺すのが好きなのか?
たとえ命じられたとしても、人を殺すということ自体に、いったい何の意味があるっていうのか?
ただ悲しみと憎しみが増えるだけじゃないか?
それが目的だとでもいうのか?
(俺が家の前で殺されたら、母さん気ぃ狂うかも知れないな……)
おかしい、何かが狂っている。
そして、俺の手も血塗られている……
鬱々と悩む内に、俺は眠りに落ちていった。
―――長い夢を見た気がする。
その内容のほとんどは覚えていないが、その最後、目覚める直前に水生那美が現れたのだけは、しっかりと記憶に刻み込んでいた。
明るい黄金色の大地が、どこまでも広がっていた――これは、麦ではない……ススキだろうか。
そう、秋風にざあざあと、思わしげに穂を揺らす、あたり一面のススキの原のようだった。
その中ほどに自分の肩を抱きながら、俺を待つ彼女がいた。
吐息がかかるほど近く、同時に遥か彼方にも感じられた。
「待ってるよ……吾朗くん」
「違うんだ那美、俺は吾朗じゃなくて、睦樹だ」
………俺はちゃんと、彼女にそう伝えられたのだろうか。
夢から醒めるとき、俺が彼女に手を伸べて掴んだのは、あの黒髪の、熟れたブドウのような、秋色を思わせる香りだった。
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激動の一日を終え、明日には何が待っているのか?
いや、その前に何かが動く……??
次回、第11章最終11話は、令和6年9月14日公開予定!




