10. 殺テロなのか?
令和6年9月13日公開
― 前回のあらすじ ―
ヤドゥルへの質問もここまで
高円寺隠世の探索を終え、
現世に戻ることにした
ゲートになったパル商店街の出口までやってきた。
そこに張られた、水の膜のような壁を通して見える現世の駅前には誰もおらず、こちらに吹き付ける風も動いていない。
ふたつの世界を、静寂が支配していた。
「ヤドゥル、ちょっと手を繋いでくれないか?」
「はいですの」
ヤドゥルは疑問もためらいもなく、俺と手を繋いだ。
人形とは思えない柔らかさ、温かさ、人間の幼女そのものの感触だ。
那美と手を繋いで表に出たとき、彼女は消失した。
その時の感覚がどんなだったかを思い出し、何か探索のヒントが得られないか、確かめようと思ったのだ。
「さあ、一緒にゲートをくぐるぞ」
「はいですん」
ヤドゥルと手を繋いでいる左手の感触に集中しながら、パル商店街を抜ける。
ふっと空気が軽くなると同時に、太陽系第三惑星が、俺の物的身体を引っ張る力を感じる。
現世に戻ってきたのだ。
隠世の空気は、やはりやや重い感触なのだろうか。
それとも粘る? 空気が体にまとわりつく感だろうか?
現世の空気より少しだけ水に近いって感じか。
気圧が高いなら、現世からの風は吹き込まないだろう。そうした物理的問題じゃないようだ。
肉体が重く感じたのも、重力が変化したのではなく、浮力が落ちたからか?
まあ、気のせいってことかもだが。
ヤドゥルの手は、ほんのり温かみを残して消えた。
そしてゴワゴワした手触りのモノが、手の中にあった。
もはやお馴染みとなった、ヤドゥル言うところの可愛い――不気味人形だ。
ポケットに人形と、槍が変化した金属棒をしまうと、周囲を見渡してみた。
ただ一人、街の雑多な残り香をのせた、現世の生ぬるい風に撫でられる。
隠世と現世をつなぐ、那美失踪の手がかりは特に得られなかった。
ただ、収穫は大きかったと思う。
シャツはボロボロのままだった。
肩からはずり落ちず、布が体を隠そうとしている体裁は、何とか保っている感じ。
今どきダメージ・ウェアが流行っているというが、そのレベルからは遥かに逸脱している。
「誰もいないし、まっ、いいか」
駅前から住宅地に入る間も、殺テロを警戒してか、人っ子ひとり居ない。
恥ずかしいシャツ姿を見られないのは、実に助かる。
いっそ脱ぐ手もあるが、それはもっと内面的に変な人のような気がして止めた。
終電もとうに終わり、静寂に包まれた高円寺の住宅街を俺は歩いていた。
家まであと百メートルくらいのところで、俺は急に背中に怖気が走り振り、まさか超常の者かと振り向いた。
秋の気配がするとはいえ、まだ蒸し暑さが残る夜だというのに、パーカーのフードを頭から被った男が、二十メートルばかり後ろを歩いてくる。
超常的気配では無く、現世の人のようだ。
(うん、現世にアレが登場するはずがない)
急に振り向いたのに驚いたのか、向こうも一瞬足を止める。
しかし、何事もなかったかのように、こちらに向かって歩きだした。
(いや、まさか――、殺テロじゃないよな?)
俺は足を早める。
すると、近づく足音も早足になる。
なんかヤバい気がして、俺は走り出した。
振り向くと男も走ってくる。
俺に用事があるなら、まずは声掛けるよな、フツー。
ウチはもうすぐ先だ。
しかし、家に入って自宅を特定されるのは避けたい気がする。
いや、絶対ダメだ。
「クソ! どうにでもなれ!」
俺は自宅の前をダッシュで駆け抜けた。
背後の足音が迫ってくる。
もう、息が上がって苦しい。
日頃の運動不足を、これだけ悔いた瞬間はない。
(どうする!? 迎え撃つか?)
すると、突然視界が強い光に照らされ、一瞬先が見えなくなった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
お気に入り、ブックマーク、評価、SNSでの拡散など、できましたらお願いいたします!
また、ご感想をいただけると励みにもなります。
※ ※ ※ ※
睦樹に迫るは殺テロの魔の手なのか!?
次回11話は、令和6年9月14日公開予定!




