9. 禁則事項
令和6年9月12日公開
― 前回のあらすじ ―
すべては妄想ではないが、神の妄想なら許すと
とりま納得した睦樹
それをじっと見ていたヤドゥルは……
そんな風に半ば哲学的とも言える思惟に俺が没頭していると、ヤドゥルは何か心配そうに俺を見上げて言った。
「主さま、お腹お空きですの?」
「へ? あはははは、違うよヤドゥル」
この子は俺の知的飢え、好奇心による渇望を、肉体の飢えと感じたのだろうか。
そうなると、やはり人の精神的なるものは、この世界の肉体的なものに置き換えられるのかも知れない。
まだぜんぜん仮説だが、今後とも考察を深めたいところだ。
※ ※ ※ ※
俺とヤドゥルは、高円寺の隠世を隅々まで見て廻った。
この隠世はまだ出来たばかりというが、あの神社以外特徴ある場所は何もなく、那美が言っていたように、かなり狭いものだった。
アーケードになっている二百メートルほどの、緩やかなカーブのコースがメインの〈ダンジョン〉である。
脇道がときおりあるが、すぐにそれも行き止まりだ。
霧の分岐路に思い切って足を踏み入れたが、どこまでも霧が続いていく。
諦めて戻ると、すぐにアーケードに着いた。
ヤドゥルが言うには、距離が無くなっていくということだ。
有り体にいえば、霧に踏み入れると、それ以上先に進まないってことだ。
世界が閉じているのだ。
全体で現れる超常の者も、ごく僅かだった。
ゲームでいうリスポーン――倒した敵が再び現れる的なものはあるにはあるが、倒した超常の者が次に現れる、というわけではないようだ。
次に何が現れるかはまるで判らない。
さきほどの夢の幻視記憶だと、多くの隠世はこの十倍以上の広さを持つ。
超常の者も、もっと出現していた。
「ということは、つまりここは……」
水生那美を閉じ込めるために作られた隠世ではないか、という推察に辿り着く。
しかし、誰が、何のために?
「ヤドゥル、隠世って使徒が作れるものなのか?」
「使徒が作ったことがあるとは、聞いたことがないのですん。強い超常の者なら、作れるですの」
なるほど、神さまレベルの超常の者の妄想なら、可能ってことだな。高円寺程度の隠世を作るなど、造作もないだろう。
そうなると、特殊な能力を持った使徒なら、自分の隠世を作り出すことも可能ではなかろうか?
この世界設定なら、ボスを倒すと城が崩れるなんてお約束のやつなんかは、いくらでも出来るわけだな。
あ、そういや渋谷でレッド・ドラゴン倒したら城崩壊したんだった。
ということは、渋谷ゴシック城は、竜が作ったということか?
あんな不思議な絵画や彫刻だらけの城を?
すごいな赤竜。
竜は見かけによらないな。
といった考察を下敷きに、俺はヤドゥルにストレートに疑問をぶつけてみた。
「ここはお姫さまを閉じ込めるために、作られた隠世じゃないのかな?」
「分かりませんの」
「作ったとしたら誰だと思う?」
「宿得は、上の方が何を考えているのかは、分かりませんの」
「上の方? 上の方ってさっき現れた上役上位人格のことか?」
「違うのですん」
「じゃあ誰だい?」
「禁則事項ですん」
「なんだそれ?」
「宿得が言えない秘密のコトですん」
上の方なる者が、どこかに居るってことだな。
「国津神の偉い神様か?」
「禁則事項ですん」
これ以上ヤドゥルから聞き出すのは、禁則事項とやらで無理のようだ。
ヤドゥルを俺に寄越したのは、那美だとばかり思っていたが、どうも違うのかも知れない。
そのやんごとなき上の方に違いない。
この問題――高円寺隠世を誰が作ったか? 那美を閉じ込めた者は誰か? どうやって閉じ込めたのか? そして、ヤドゥルは誰が派遣しているのか?
すぐには答えが見つからないが、頭の片隅には置いておこう。
「さあ、ヤドゥル、高円寺ダンジョン探索はこれにて完了だ」
「はいですん」
「現世ではもう遅い時間だって知ってたか?」
「はいですん。現世ではもう日付が変わっているですの」
それって、どうやって分かるんだ?
「なので、もう家に帰ることにするよ」
「はいですん」
「よし、良いお返事だヤドゥル」
「ありがとうですの」
ペコリとお辞儀するヤドゥルは可愛いが、俺の幼女趣味が爆誕することはない。
「さて、明日はどこに行こうかな?」
「吉祥寺なら国津神の隠世があるですの」
「そうか、あとは中野だったな」
「中野は不用意に行くと、悪魔族の使徒と戦いになりますん」
「戦いは避けられないのか?」
「出会ったときに相手が戦う気なら、避けられないのですん。その気がなければ、店に用があるといえば、大丈夫ですの。でも、退出しろと言われれば、きっと戦うしか諦めるかですん」
「そうかー、そいつは上手くいくといいんだけどな」
「上手くいくかは分からないですの」
好戦的なやつに当たったら、位階だけ高いくせに初心者の俺は、たちどころに血祭りに上げられそうだ。
出会わないように慎重にするしかないだろうが、かなり不安が残る。
ここは安全を取って、吉祥寺まで自転車を走らせる手だな。
一番近い国津神の隠世だ。
もしかして、那美もそこにいるかも知れない。
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高円寺隠世を去り現世に戻る睦樹を待ち受けるのは!?
次回10話は、令和6年9月13日公開予定!




