17. 那美の呼ぶ声
令和6年8月31日公開
― 前回のあらすじ ―
レッド・ドラゴン戦の記憶のあと
国津神族使徒たちの会話、そして黒の使徒の映像を見る
映像は次々と睦樹に押し寄せる
それにしても、こうした記憶はあまりに膨大で、実を言えば俺の脳は処理しきれずに、さっきから悲鳴をあげていた。
おかげで記憶の映像を見た先から、ほとんど忘れてしまうのだ。
「こんないっぺんに覚えきれない!」
これじゃ意味ないだろう!
「夢々ハ・引キ出サレシ後・蓄積サレルナリ」
「どういうことだ?」
「忘レルコトナシ・鍵アレバ・保管場所ニ・接続可能ナリ」
「鍵?」
「想イ出ノ言ノ葉」
キーワードがあれば、思い出せるってのか?
その言葉探しが大変だってのが、言われなくとも想像できるんだが?
それに夢の記憶は途中で途切れたり、飛ばされたり、曖昧になっていたりする場面がいくつもあった。
俺はもどかしさを感じながらも、懸命にそれを見続けた。大事なシーンだけでも、今覚えておこうと必死だ。
そして、キーワードになりそうな言葉を喚起して、心に刻みこむ。
しかし、映像はどんどん不鮮明になっていく。
画像はブレ、滲みのようなものが入り込み、視野も狭くなっていく。
音もこもって聞き取れなくなり、見続けるのも不快だった。
それは、相馬吾朗の最期だった
紅い水たまりに横たわる、あの美しい黒の使徒。
首筋がやけに白い。
耳障りな言葉を吐くコートの男……閃く鮮血のような刃に貫かれ、汚い黒い霧となって消えていく。そして床に横たわる醜い悪魔の蒼い首。
断片的な映像でしかない。その記憶は禁忌であるかのように、辿ろうとすると全身に痛みが生じる。
そして映像は暗い霧に沈み、無音に没するのだ。
暗転……痛みも消え、むしろ心地よい静寂……
……そして憂いなき眠り……終わりだ。
やっと終わるんだ……やれるだけやって終わる……お終いはあっけなかった。
すべてが終わろうとしたそのとき、切り裂くように何かが来た。
「吾朗……助けて!」
頭蓋に響き渡り、俺を呼び覚ますその声。
那美の助けを求める声だ。
だがしかし、それに応じられない。
身体が、ぴくりとも動かない。
俺は、泣いている……
悲痛、無念、後悔…………慙愧の念が強烈に心を揺さぶる。
そして映像は突然終わった。
「待ってくれ、俺は……」
そこは高円寺隠世で、眼の前には能面のように無表情なヤドゥルが立っていた。
「くそ……お前の遺志を継げってことか?」
「吾ノ意思トハ?」
「いや、違う、お前じゃない……」
ヤドゥルの堅物上司ヤ・ドゥル氏は、疑問が生じたからといって、小首を傾げるような可愛い所作はしない。
その辺ギャップ萌え要素なんだから、仕様として互換性を持たせることを、稟議書を付けて提案する。
リアルでは見られないので、妄想で無表情ヤ・ドゥル氏が小首を傾げるシーンを展開する。
(うむ、やはりこれはこれで可愛い)
思わず口元がニヤける。
「何カ企ミ・ナルヤ?」
「ちょっぴりな。だがお互いにとって楽しいことだ」
「楽シキ事トハ?」
「ナイショだ。それより聞きたいことがある」
「可能ナレバ・回答スルナリ」
「相馬吾朗はどうして死んだんだ?」
「視ル事・能ワズ・ナリシカ?」
「肝心なところが見えなかった」
「歌舞伎城ニテ・悪魔使徒ト・秘密会談ノ直後・悪魔族ノ・超常ノ者ニ・襲ワレテノゴ最期・・・ト・思ワレルナリ」
と、ちょっとだけ小首を傾げた。
(これだよ!)
と思った瞬間、そのシーンが甦る。
血溜まりに横たわる黒の使徒、俺に突き刺さる数本の蒼い槍、激痛……その悪魔は……竜の下半身を持つ太った醜い王だった。
〈アスモデウス〉という名が降りてくる。
不思議な文様のコートの男が歩いている……後ろ姿で顔が見えない……俺はそいつを激しく憎んでいると同時に、自己嫌悪に陥っていた。
相馬吾朗はこいつに殺されたのか?
「その時那美は?」
「スデニ・高円寺隠世ニ・幽閉サレ・不在」
居ないのに叫びが聞こえたのは、どうしてだろうか。
そう、助けを求めていたんだ。
だから俺は彼女の下に駆けつけようとして、死の淵からも戻ってこられたような気がする。
いや、歌舞伎城で倒れた俺は、吾朗のはずだ。
でも、実際に那美の下に行ったのは睦樹の俺だ。
吾朗が行けなかったから、俺が代わりに行ったってことか?
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吾朗を使命を受け継ぐ睦樹
那美とのつながりもまた引き継ぐのか……
18話は、令和6年9月1日公開予定!




