13. 隠世の赤竜
令和6年8月27日公開
― 前回のあらすじ ―
ヤドゥルの上位人格から、自分が相馬吾朗の分霊
と告げられた犬養睦樹
その言葉によって隠世の記憶が開かれる
その風景は、妄想の延長で見た那美との体験の映像よりも、より明瞭……。
というより、今まさにそれを体験しているかのようだった。
俺は疾走していた。
チェス盤のような、白黒のパネルが敷き詰められた広い回廊だ。
4メートルほどの高さの壁には、古代ギリシア神殿の白い柱のようなものが、埋め込まれたようにして並んでいる。
柱の間には、毛足の長い赤い絨毯状のものが、壁紙のようにして貼られている。
柱には三本ごとに、古風な金色のランプが灯されていて、廊下に光と陰のリズムを与えていた。
豪華な額に入った不思議な油絵が、いくつも飾られていた。
超が付くかもしれない古代遺跡や、見たこともない植物、または、巨大な魔物や、艶めかしい美女の裸像、ただし角と尾と羽根つきなどなど。
一見趣向がばらばらだが、テーマの共通点は「摩訶不思議」。
時間があったら、じっくり眺めていたい。
そんな濃い装飾の廊下が、ずっと続いていた。
俺の前をすごい速さで走る、セーラー服の女の子がいる。
波打つ黒髪、翻る紺色のギャザースカート。
もちろん我が愛しの美少女戦士、水生那美だ。
行く手を阻むは、有翼の悪魔たち。
いかにもな雑魚どもである。
敵が繰り出す術式を潜り抜け、あるいは両断すると、那美は猛ダッシュで肉薄する。
目にも止まらぬ刀の斬撃が放たれ、紅い血とエーテルの銀の飛沫が上がる。
接近戦では、反撃の余地も与えない。
一太刀か二の太刀で、次々と敵を仕留めていく。
まれに逃したのを、俺が槍で止めを刺す。
信頼して、後ろを任せてくれているのだ。
「主さま~、飛ばし過ぎだぜよ~!」
と、口調の違うヤドゥルの声が、かなり後方から聞こえるが、那美と俺の脚は止まらない。
この戦い、時間との勝負だからだ。
廊下を抜けた先は、大きなホールになっていた。
カテドラルのように、高く球状の天井。
壁の装飾は廊下とは違うが、相変わらず過剰なまでにデコラティブだ。
さまざまにねじくれた人体のレリーフや、今までのよりさらに奇っ怪な絵画で埋め尽くされていた。
そして広いホールの中央は、あまりにその場に不釣り合いな、ビッグサイズの怪異によって占められていた。
ヌラリと照りのある赤銅色の鱗に覆われた、圧迫感ある巨体。
上体はぐいっと前足で持ち上げられ、長い首が伸びている。
その先に乗っかる巨大なトカゲのような頭部が、辺りを睥睨している。
ただの大型爬虫類とは違い、その目には、知性の光が宿っていた。
高さは大人の背丈の三倍はあるだろう。
首周りには半開きの傘のような襟巻き状の皮膜があり、そこから火炎アストラルがゆらゆらと立ち昇っている。
その皮膜が広がる肢の先端はすべて、尖った有毒の棘だ。
これぞまさにドラゴン。
正直いって、度肝を抜かれる迫力だ。
こんなの倒せるのか?
しかもたった二人で!
いや、二人じゃなかった。
すでに手下のシンたちが追いついて来て、後ろに集まりだした。
翼を持つ小さな女たち、ハーピーが三羽、フワフワと宙に浮いている。
他には日本の女神風の美女と、下半身が蛇体の鎧武者が駆けつけた。
これはかなり心強い。
「どうしたの? ぼうっとして。しっかりして吾朗くん」
日本刀を引っ提げたセーラー美少女戦士、水生那美がこちらを振り返る。
(ぼうっとして見えたのは、この光景に驚いてる俺の影響じゃないよな?)
「なんとも騒がしいことよ、人の子ら。まさかとは思うのだが、その手勢だけで我に挑もうというのではあるまいな?」
流暢な日本語で喋るドラゴンに違和感を感じ、つい何か言ってやろうと思うが、那美が素早く警告する。
「吾朗くん、返事しちゃだめだよ。竜の言葉には人の心を取り込む力がある。できたら耳も閉ざして聞かないで。私のことだけ集中して考えて」
む、それは得意だ、任せておけ。俺は黙って頷く。
「女よ、我らの秘めたる力について、知識を持っているのか。ならば、これではどうだ………」
竜の酷薄そうな細い横長の瞳が、くわっと丸くなる。
一瞬頭を揺さぶられるような感覚。
しかし、大したことはない。
だが、かなり強い力で精神支配を仕掛けてきたのは感じる。
ハーピーと蛇武者――夜刀神たちは、目も虚ろになりぼうっとしている。
しかし、女神さまがパンっと手を打つと、みなはっとしたように我に返った。彼女の名は……そう、瀬織津姫さまだ。
「ほお、心の盾も持っているのだな。それにそこな女神がいれば、臣下どもも安心というわけか。
なるほど、我に挑もうというだけはある。ならば、無駄なおしゃべりはこのくらいにしておこうか」
竜の首の回りの襟巻きがぶわっと大きく広がり、咽の辺りが膨らんだ。
「危ない那美、下がれ! 鳥女たち、風を!」
ドラゴンが大口を開けると、轟音と共に炎がほとばしる。
いきなり容赦なしの炎のドラゴンブレスだ。
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隠世でのレッド・ドラゴンとの戦いの記憶
炎にまかれながら再生は続く・・・
14話は、令和6年8月28日公開予定!
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最新の地元となった、立川諏訪神社の祭礼に行ってきました。
山車で踊るのが、狐やオカメの面を付けた子どもたちで、どえりゃあ可愛いのです。




