12.分霊 ――わけみたま――
令和6年8月26日公開
― 前回のあらすじ ―
ヤドゥルから隠世の詳しい説明を受けた睦樹
さらに知らねばならないことがあると、覚悟をする
魔槍も小さくならず、その穂先からは妖しい炎を盛んに上げ続けている。
あの硬い注連縄を斬ったときといい、大きくなったこの槍の切れ味は凄まじいばかりだ。
「教えてくれヤドゥル、使徒のこと、那美のこと、それに相馬吾朗のこと」
「なんなりとですの」
「使徒はこうして、神のために殺し合うのかい?」
「今の戦いは使徒の戦いでなく、邪なる者を成敗しただけですん。相手は魔人と化した狂える生霊。とってもとぉ~っても危険ですの」
「危険って、あの悪霊みたいにかい?」
「はいですん。しかも悪霊より力が強いですの。現世の人から強引にエーテルを奪ったり、取り憑いて好き放題悪事を働くかもですん。さっきの戦いは悪霊退治と変わりませんの」
「なら、使徒の戦いは、殺し合いじゃないのか?」
「ほぼ殺し合いですん」
「やっぱりそうか……」
「はいですの。されど、死んでも蘇りますん。それにどんな重傷でも回復可能ですの。ゆえに、敗北者を殺さずに、回復してさし上げることもありなのですん」
「肉体の苦痛は、現世より少なく感じるんだよな?」
「ん……そうらしいのですん。宿得は痛覚があまり無いので、ちゃんとは判りませんの」
結局殺し合いなわけで、勝っても負けても、かなりきつそうだなこれは。
「次の質問だ。那美はどこにいる?」
「済みませんですん。宿得にも判りませんの」
とぺこりとお辞儀する。
「前は那美が呼んだら、ヤドゥルにもその声が届いたんだろ?」
「はいですん。稲荷神社は、宿得と共鳴し易いですの。でも今は、お姫さまからの声が聞こえないのですん」
「那美が無事なのかどうかも、分からないのかい?」
「無事じゃない可能性が、宿得には思いつかないですの。現世に戻っていないなら、どこかの隠世に移動したのですん」
「どこかの隠世って……」
那美の情報が、なぜこうも断絶しているんだろう。
こうなったら、隠世中を探し回るしか無いのか。
「じゃあ、相馬吾朗に関して教えてくれ。俺が相馬吾朗じゃないと分かったのはいつだ?」
「え? 主さまは相馬吾朗さまですん」
「ええ?」
ヤドゥルは小首を傾げている。どうやらマジで俺のことを相馬吾朗と思っていたらしい。
ということは同じように那美も俺を見ていた、ということだ。
「俺の名前は、犬養睦樹だ」
「いぬかいむつき……さま?」
「那美と一緒にいるとき、俺のことを『夢見』って呼んだろう? お前は俺が吾朗の夢を見ているって判ってたんじゃないのか?」
「んーーーーー………………」
ヤドゥルは小首を傾げたまま、固まってしまった。
そのままじっと動かない……。
「おい、ヤドゥル? ヤドゥルさ~ん? どうした~? 戻ってこ~い」
ようやく動いて小首を反対側に傾げた。こりゃ可愛い。
「呼んでないですん」
「イヤイヤイヤ、確かにそう言ったぞ? しかも俺だけに聞こえるように小さな声で」
「宿得はそんなことしないですの。言うときは、お姫さまにも聞こえるように言うのですん」
「じゃあお前以外の誰が、俺を夢見と呼んだんだ? あの場所には他に、那美しかいなかったぞ?」
「んーーーーー………………」
ヤドゥルはまたしても、小首を傾げたまま固まってしまった。
「やれやれだぜ……」
ヤドゥルは顔を上げ、決意を固めたように俺を正面から見据えた。
「ちょっと聞いてくるですん」
そう言い放つと、カクンと首を垂れた。そのまま前のめりに倒れそうになるのを俺が慌てて支える。
一瞬光のようなものが、体から抜けたようにも見えた気がしたが、確かではない。
「ヤドゥル?!」
完全に力が抜けている。その体はひどく軽かった。
まるで魂の抜け殻のようだ。
「ヤドゥル、どうしたんだ? ダイジョブか?!」
抱きかかえると、今度はカクンと頭が後ろに落ち、ギョッとした。
前髪も開いて丸見えになったその顔は、完全に人形のものになっていたからだ。
ガラス球のように静かな光を湛えるだけの眼球は、細工の細かい眼窩に嵌っていた。
口も可動部分に縦に筋が入っている。
顔だけじゃなく、関節部分も球形のつなぎがしっかり見てとれる人形の姿だ。
さっきまでは、本当に見た目は人と区別付かなかった。
人間の幼女、そのものだったのに。
「これはガチで魂抜けたってか?」
ちょっと聞いてくるってのは、体から抜け出してどっかに行って、話を聞いてくるってことだったのか?
俺はヤドゥル人形を抱えて、おろおろするしかない。
たぶん、もうすぐヤドゥルが帰ってくる――たぶんそうだ、と自分に言い聞かせる。
それは唐突に、ヤドゥルが抜けたと同じように、不意にやってきた。
「降ロシ給エ」
姿は人形のまま、それは無機質にそう俺に告げた。
俺は言われるままにヤドゥル人形を解放すると、それは危なっかしく地面に立った。
その姿は元の幼女ではなく、人形のままだ。
声のトーンはヤドゥルと同じだが、喋り方は抑揚がなく機械じみている。
「宿得ニ代ワリ・吾ガ答エヨウ・犬養睦樹様」
「お前は誰だ?」
「上位者ノ宿得・アルイハ上位人格トスルガ・理解容易ナリシカ?」
ヤドゥルの上位人格? しかし、姿は人形のままだ。
ヤドゥルよりこうしたものへの親和性みたいのが低いのだろうか?
「今までのヤドゥルは?」
「憂慮不要・休息中ナリ」
「もしかして、夢見と俺に言ったのはお前か?」
「察シ良好ナリ」
「それはどういう意味だ?」
「字義ドオリノ事・主様ハ・相馬吾朗様ノ隠世デノ体験ヲ・御自身ノ夢トシテ・夢見シナリ」
「それは……何のためにそんなことを?」
「備エル為・・・相馬吾朗様・倒レシ時・其ノ力ヲ引継ギ・国津神第三位使徒トシテ・日本ヲ支エンガ為」
「イヤイヤイヤ、何だそれ! 日本を支えるって、何で俺なんかが!?」
「相馬吾朗様ニトリ・犬養睦樹様ハ・夢ノ共有者・神霊的ニ申サバ・分霊トイウ間柄ナレバ」
「ワ ケ ミ タ マ ………―― 夢 の ―― 共 有 者 ……!!」
そのときカチッとスイッチが入ったかのように俺の脳が、“何か”につながった。
「うあああー!」
目の前のヤドゥルが立つ高円寺隠世の風景が、昏く霞んでいく。
その代わりに、別の隠世の景色が眼前に迫ってきた。
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
お気に入り、ブックマーク、評価、SNSでの拡散など、できましたらお願いいたします!
また、ご感想をいただけると励みにもなります。
※ ※ ※ ※
ヤドゥルの上の人格が語りだした
分霊というキーワードでスイッチが入り
隠世のまた別の記憶が、呼び覚まされる!
13話は、令和6年8月27日公開予定!




