6. 翼ある蛇
頭上にあるべき天井は、ほぼ崩れ落ちており、夜空がよく見えた。
灰赤紫から鈍紺のグラデーションに染められた、ねっとりとした質感のアストラル雲が低い空を流れている。
その雲の群れの間から、東京都心ではぜったいお目にかかれない、おびただしい星々の煌めきが見える。
そして星の海と雲の島々よりずっと近い空を、白鳥のように大きな翼をもった何かが、悠然と飛翔している。
自ら蒼白い光を発しており、暗い夜空でもはっきりと見てとれた。
それは三対の翼で飛翔する大蛇だった。
その身は蛇体とはいえ、頭部はイグアナのようで、後ろ向きに角も生えており、ちょっとだけドラゴンっぽい。
翼は頭部のだいぶ後ろに襟巻きのように小さなものが一対、中央に大きな主翼が一対、そしてさらに後ろに主翼よりやや小さな翼が一対ある。
後ろの四枚の翼がゆっくりと羽ばたくたびに、浮力を生みだす星気粒が振り撒かれて、星々に混じって青く輝きながら消えていく。
前の翼は舵になっているのだろう。
その鎌首が、すいっとこちらに傾いた。
「こちらを見ているのですん」
「え? もしかして、これってタゲられた?」
翼持つ大蛇が、降下しながら急激に迫ってくる。
「な、なんだありゃ!?」
「わ、ヤバい! みんな伏せろ!!」
「ひゃあ!」
ヤドゥルが頭を抱えてしゃがみ込む。
「ギャアアアアアアアアアアーーーーーース!!!」
空飛ぶ怪異が、甲高い悲鳴のような、耳をつんざく不快な叫びを上げる。
俺はクズ一男の腕をつかんで、無理やり引き倒した。
「伏せろ、バカ!」
クズ二男の方は、呆然としてそいつが近づいてくるのを、凝視している。叫びにやられたに違いない。
俺は跳ね上がると、ひとっ飛びで男の胴にタックルして、一緒に倒れ込んだ。
間一髪、俺たちのすぐ上を巨大なものが通り過ぎる。
ブワッと来る猛烈な翼の風圧で飛ばされそうだ。
崩れかけの天井や壁が崩壊し、ガラガラと落ちてくる。
ヘルメットを装着して顔を伏せていたが、嫌な感じがして頭を起こすと、長い尾の先端がすうっと接近してきた。
アレで叩かれたら、生身の肉体はひとたまりもないだろう。
「クソ!」
俺はまたも跳ね上がり、装甲で覆われた腕をクロスして、尾の先端が打ち下ろされるのを迎え打った。
ガツンと衝撃がきて、俺は踏ん張ったまま、ズザザザザっと後ろに押し戻される。
圧がわずかに弱まったところで両腕を思いっきり開き、尾を弾き飛ばした。
超常の者は、そのまま俺の背後へと飛び去って往く。
しつこく戻って来なければいいが……
「なななっ、なんじゃありゃあ??」
とうぜんの反応だ。
クズ二男は声が裏返って、いかにも動揺している。まあ、動揺しない方がオカシイ。
「鳥……じゃねぇよな……」
クズ一男は一見落ち着いた喋り方をしているが、アストラル体の揺らぎは激しい。
驚きをうまく表現できないってことだ。不器用者なんで……って知らんけど。
塵埃が風に流されると、壁や天井は大部分が崩れ落ちていた。
ここは建物の上階なので視界が開け、遠くまで見渡せた。
去り行く翼ある大蛇、超常の者――ワイアームを目で追う。
極めて危険度の高い凶暴なバケモノではあるが、ゆったりと舞うように飛ぶさまは、優雅で美しくさえある。
二人のチンピラも立ち上がり、今襲われたばかりというのに、魅入られたように見つめ続けていた。
ワイアームが進む左前方、昏い大地の上にはさらに昏く黒々と、漆黒に横たわる大きな壁があった。
その内側には巨大な建造物がいくつも屹立しており、キラキラと色とりどりの灯火を、その身に宝石を飾るようにして輝かせている。
大蛇の鎌首は地上の星に魅せられたのか、壁の方に傾いた。
助かった。どうやら興味が別に移ったようだ。
まあ、再度襲ってきても、倒す自信はあるけどな。
「愚かなワイアーム、城に近づき過ぎですん」
ワイアームはそのまま旋回しながら城に接近する。
と、ヤドゥルが予見したようなことが起こった。
突然漆黒の壁から、大きな火球が、光の尾を引きながら飛び出したのだ。




