7.魔人バイニン
令和6年8月21日公開
― 前回のあらすじ ―
深夜、高円寺の事故現場で祈りを捧げると、隠世へ転移。
しかしそこには、あの脱法ハーブの売人がいた。
「オレって閉じ込められるの、ガマンできねえタイプじゃね? んだから祈ったんよ、こっからどうか出してくださいってな、サタン様によ。したら見ろよ、出られたんだぜ。スゲーだろ?!」
「え? サタン様って……?」
「そりゃおめぇ、ガチで悪魔サタン様よ! ウシシシ! サターン様は何でーも願いを叶えてくださるからな!」
売人は、天を仰ぐポーズを取りながら言い放った。
ドラッグを売った自責の念とか、まるでなかった。
どうにもヤバ過ぎる。状況もこいつの頭の中もだ。
「ヤドゥル、こいつサタンとか言ってるぞ。悪魔族の使徒なのか?」
「使徒じゃないですん。でも、魂を差し出して、魔人になったみたいですの」
(何だよ魔人ってのは!)
今までの設定だって消化しきれてないのに、新しいの盛りすぎだろ。
「あぁん? 何か匂いすっぞ! ……ふんふん、こりゃ~オレのハーブの匂いだぜ」
そいつは辺りを嗅ぐように、鼻をひくひくさせている。
「そうだ、おめぇあんときいたガキだよな? そうさそうだ、間違いねえわさ」
(いや、ガキって歳じゃないんだけど、成人してるし)
売人はスンスン鼻を鳴らしながら、俺の方に寄ってきた。
「……さてはてめぇ盗ったな? オレのハーブ! あぁん? 返しやがれ! こんのクソガキが!」
(イヤイヤイヤ、盗ってない拾っただけだって)
と言っても通じないだろう。
にしても、何でそんな嗅覚鋭いんだ?
ジャンキーってこういうもんなのか、魔人のスキルに犬並の[超嗅覚レベル10]とかでもあんのか?
それともただ、例によって例のごとく、ここが隠世だからってことか?
だが、とりあえずハーブは返しておこう。
「あの……ええっと……これですよね? 拾っておいたんで……」
俺はポケットから、銀緑の葉っぱを数枚取りだして見せた。
「ぬあんだ、そりゃああ! ざっけんじゃねえぞ! てんめぇゴルァ!」
いきなりキレる脱法ハーブ魔人。こいつも設定認識できてない。
笑えない状況になってきた。実際のところ、一触即発な雰囲気だ。
「だから、これがそうなんだって。この世界だと、変わるんだよ。その、すごく形が変わるんだ。ものによってだけど……アンタ知らないのか?」
「嘘吐きは嫌えだ、でえええ嫌ええだっ!」
まるで聞く耳持たずだ。
「ちょっと、聞いてくれ。この隠世だと、モノの形が変わることがあるんだ、アンタのヘブンズドアも、こうなっちゃったんだよ」
「ヘブンズ・ドアーー!!!!」
だめだ、商品名を聞いて余計熱くなってしまったようだ。
「ノック! ノック! ノクオン!!!」
なんか叫んでるし、すっと両腕を上げ、片足立ちをする。
「ヘーブンズ・ドアアアアーー!!!!!!」
何のポーズなのか、鳥が翼を拡げるようにして腕をしならせた。
そしていきなり――
「ク エ ェ エ エ エ エ エ ー ー ー ーーーー!」
奇怪な声といっしょに、ドカンと猛烈な波動が来た!
「うあっ!」
車にでも跳ねられたのような、激しい衝撃!
その声に当てられただけで、俺はすさまじい勢いで、後方に吹っ飛ばされた。
何度ももんどり打ちながら、背中といわず腰といわず、頭までドカドカ地面にぶっつけて転がりまくった。
「痛ってーーー!」
その奇声は、奴が昼間警官とやり合ったときと、基本の音は同じだ。
ポーズもそうだ。
しかし、中身がまるで違った。
念動力か何か、見えない力が込められているのだろう。
夢とは違って、痛さもしっかり感じる。
隠世とはいえ肉体、というかエーテルの体の感覚は、現世とさほど変わらないようだ。
これだけ痛いと、さすがにへこむ。
こんなひどい身体的苦痛を受けたことなど、生まれてこのかた無いと思う。
ダメージを確認しなくては……
いつもお読みいただき、ありがとうございます!
お気に入り、ブックマーク、評価、SNSでの拡散など、できましたらお願いいたします!
また、ご感想をいただけると励みにもなります。
※ ※ ※ ※
魔人との戦いが始まる。
のっけから大ダメージを受けた睦樹。
どうやって、生き残るか?!
次回8話は、令和6年8月22日公開予定!




