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2.グラタンの誘惑

令和6年8月16日公開

ネットで神族の情報を集めていたニートの俺

母親が帰ってきた音を聞き、気にはするのだが……


 二階の俺の部屋まで漂ってきたのは、チーズとパン粉が焦げる匂い。

 母さん得意のグラタンだろう。


 仕方なくポテチを食って紛らわすけれど、塩っぱいばかりでまるで味気ない。


 この匂い……降りて来いってメッセージかも知れない。

 だとは思うのだけど、腰が重い。


 グラタンに釣られて……なんてのも、どうにも子供っぽ過ぎるしな。

 まあ、どうせ作り置きしておいてくれるだろうし、今はいいかと思う。

 でも、出来立ての美味しさはやはり違う……


 いや、我慢だ!

 もう少し、言葉を調べよう。

 まずカクリヨだ。常世(とこよ)ともいうらしい。


 常世は何も変わらぬ世界という意味だ。

 永遠の世界、つまりは霊界ってことになる。


 古来日本には天国地獄という区分はなく、死後はみんな常世に還るとされたようだ。

 ただ常世にも、黄泉の国と根の国というのがあるのだが、その違いは良く分かっていない。


 黄泉の国は常に夜だから、常夜とも書くそうだ。

 そういや商店街の隠世はいきなり夜だったが、昼はないのだろうか。


 この世、現世――ウツシヨでない場所はすべて大雑把にはカクリヨってことらしい。だけどそのレベルの知識ではあの世界を理解できない。


 どうやら隠世は、もろ霊界であるという情報がほとんどだ。

 幽世とも書くのはそのせいだろう。


 高貴な身分の人が死ぬことを、お隠れになるという。

 つまりは、この世界から隠れてあちらの世界、隠世に行くってことだ。


 確かにあそこに死者はいたけれど、高円寺の隠世はそれだけの世界じゃないらしい。


 ヤドゥルは、死者も来るし神も来るとか言ってた。


 つまりこれは、現世と、霊界や神界との、間にある世界って考えればいいのだろうか。

 確かそんなふうに、ヤドゥルも言っていたと思う。


 最初、俺はあそこに夢の中で入っていった。

 ということは、人間の精神もまた、隠世に繋がっている可能性がある。


 ならば、あの事故現場で祈らなくても、夢を見ればまたあの場所に行けるのかも知れない。

 俺がある意味「選ばれた」理由も、そうした妄想力と夢見る力のせいなのか。


 いや、あのとき選ばれたのではなく、以前から使徒であって、ずっと前に()()()()()()ということらしい。


 そう、最大の問題は、俺の記憶なんだ。


 俺は隠世(あっち)で死んで、何を失ってしまったんだ?


 彼女は最後に神社で会おうと言った。あの感じだと現世でも、お互いに何度も会っている感じだった。

 でも、リアルの記憶をどんなに辿っても、彼女と知り合っていた想い出なんて、これっぽっちも見つけられない。


 デスペナルティー……記憶を失うってのは、こうしたことなんだろうか。


 俺はあの世界で死んで――しかも何度か死んでるらしい――その影響で、使徒関連の記憶がすっかり失われた。

 デスペナルティーには、何らかの法則があるんじゃないか。


 夏が来る前に引き籠もり、予備校にも行かずにだらだらしてばかりだった。

 もしかすると、ニートしてたはずが結構頻繁に出かけていて、彼女に会ったり、隠世に冒険していたというのだろうか。


 だとすると、予備校に行かなくなったのは、実は使徒として目覚めたせいだったとか?

 しかし、使徒生活は予備校ほど忙しくはないのかも知れない。

 なにせ現世での短時間で、かなりの冒険ができるのだから。


 いや、リアルでも彼女に会っていたなら、けっこう時間を取られていたのかもだ。


「――だめだ……思い出せない」


 情けないことにニートしていた、四ヶ月の日々の記憶さえも曖昧だ。

 アニメ三昧だったはずだが、どんなの見たのかさえ、すぐに思い出せない。


 俺の頭ダイジョブか? やはりデスペナルティーの影響なのか?


 リアルがダメなら、夢には何かヒントはないだろうか。


 ニート中、惰眠を貪っていた記憶だけはある。

 なので良く夢は見ていた。


 見ている夢の中でそれが夢だと認識して、自分が夢をコントロールできるまでの覚醒夢まで見られるようになった。


 それに現実生活より、印象深い夢の方がよく覚えてるのだ。

 その中にはかなり鮮明な夢も多かった。


 もしかしたらそうした夢の中に、隠世の記憶が紛れているかも知れない!

 何度も夢で隠世に行った可能性もあるし、もしかすると現世から隠世に行った記憶がデスペナで消されて、夢の記憶として残されている、なんてことはないだろうか?


 ならば、いつもの俺流〈妄想夢見法(ドリームドライバー)〉が、効果あるかも知れない。

 さっきは目を瞑って深呼吸しただけだったが、本格的にやってみよう。


   ※   ※   ※   ※


 俺は照明を暗くしてベッドに横になり、しばらく深呼吸して気持ちをゆったりと落ち着かせる。

 こういうときのBGMには、ハンモックというアメリカのポストロックのバンドの曲を愛用している。


 手と足の先が温かくなるという暗示をかけ、体も心もすっかりリラックスするまで、待ち続ける。


 やがて、心は静かな水面となる……そして広がる波紋のように、自分の肉体感覚が身体を離れて、外へと広がっていく感じ……。

 その状態が安定したら、こんどは意識を集中させて、映像をイメージしていく。


 その中で、俺はベッドから起き上がる。だが、実際の肉体は寝たままだ。


 つぎに水生那美の姿を想像してみる。


 最初に出会った境内に腰かけている姿、そこから俺のもとにやってきて、目の前に立つ彼女を見るのだ。


 ウェービーな黒髪、それを緩やかに受け止めるなだらかな両の肩、女の子らしい胸のふくらみの上で、赤いスカーフが揺れる。

 細い腰をキュッと締めるスカートのウエスト、ギャザーの裾から伸びる白い脚……。


 彼女の姿をありありと思い描いていく。


 だけどその顔はうつむいていて、前髪で隠れている。

「那美」と心の中で呼びかける――が、反応がない。


 隠世で見た、彼女の動きを思い出す。


 ガッツポーズを作る那美、恥ずかしそうに手を繋ぐ那美、俺のダメな服装を観察する那美、そしてそうだ、あの姿は忘れられない。

 パル商店街のゲートを前に、光の中に降り立った、あの輝ける女神のような那美。


「那美……」


 声をかけると、彼女は(おもて)を上げ、こちらを見つめて微笑んだ。


 彼女がすっと後ろに身を引くと、その動きがまるで風景を呼び起こす動作であったかのようにして、辺りの映像が現れた。


 ぼんやりとした人影が、街が、空気が――動き出した。

 次第に映像の焦点がクリアになり、にわかに耳に音が生じる。


 俺はその世界に入っていった…………。


能動的に夢の世界に入っていく主人公

隠世の記憶と、どこまでつながるのか?

次回3話は、令和6年8月17日公開予定!


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