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さばくの星

作者: 柴田 君人

 焚火の傍でうずくまる人影を見つけた。眠っているようだ。

 近寄って見たところけっこうな年かさの男だ。身に付けた粗末なぼろを毛布代わりにしている。火を焚いているとはいえ夜の砂漠だ。あれではこたえるだろう。

 声をかけるか迷っていると、男が身じろぎをした。それで決心がついて、私は彼を起こすことにした。

「おじいさん、おじいさん。それでは風邪をもらいます。どうか起きてください」

 そう言って肩を揺さぶると、ふがふがと鼻から音を出してから、彼は頭を揺らした。顔を上げたかったようだ。髪の毛に付いた砂がぱらぱらと落ちた。

 うつうつとした目でこちらを見ている。まだ夢の中と思っているのかもしれない。

「……………な」

 何か言った。ひび割れた唇が動くのを確かに見たが、聞き取れなかった。

「こんばんは。私は旅のものです。ここいらで野宿を決めた矢先に、あなたを見つけました」

 彼の目はいまだぼんやりとしている。私の言葉も聞こえているのかどうかだ。

「そのまま寝るのはお辛いでしょう。私は毛布を余分に持っています。よろしければお貸しします」

「…………と…」

 今度は聞こえた。ありがとう、と言ったようだ。

 その言葉で私の方がうれしくなってしまった。砂漠の道のりは私には味気がなかった。慰めなんて星空くらいで、その小さな感謝は久方ぶりに胸を温かくしてくれた。

「いいえ。過酷な土地ですから。ああ、起き上がらなくて結構ですよ。お疲れなのでしょう」

 横になった体を肘を立てて起こそうとしているようだった。それを制しながら私も荷を下ろした。すべての毛布を荷物から出し、何枚か彼にかぶせた。残りは一枚だけ自分が羽織って、あとはすぐそばに丸めて置いた。

 夕食がまだだ。焚火の火をかりて保存食から簡単な夕餉を作る。温かいものが腹に入るだけでずいぶんと安心した。彼にも勧めたがいらなかったようだ。もう眠るらしい。

 ………行きずりの老人と焚火を傍に、空を見上げる。とうに見飽きている空だ。今日は善い事があったので、少しは変わって見えるかもしれないと思った。結果は期待はずれで、しかし予想通りだった。いつも通りのぱらぱらとした星明りの、うっとおしいだけの夜空。

 友人は、最期に星が見たいと泣いていた。電飾まみれの不夜の街であいつとは出会い、たぶん永久に別れた。あの世があれば、死んだときに会えるだろう。

 ああ、不思議だ。俺は死後の世界を信じている。

 人は死ねば土に還る。骨だって燃やせばくずだ。

 魂とは脳に走る電流であり、不滅どころか一瞬ごとに更新される。

 ありえない。あるはずがない。私の培ったすべてが、死後の時間を否定する。

 だから不思議だ。それでも私は、信じているようなのだ。

 あいつが旅立ったところには先があると。たった今寝息の止まった老人が、何者かに導かれていったということを。

 そこの住人となれ。この世界のことも忘れてしまえ。

 私たちのことなんていい。いまやおまえ達は、神以外の誰も手出しできない所にいるのだから。

 これは願望でも錯覚でもない。夢幻ですらない。

 たぶん、これが私たちの限界で、私たちの世界なのだ。

 永劫逃げられない、私たちの愛おしい檻だ。

 火が小さくなっている。少し迷って、丸めた毛布を一枚投げて入れた。

 砂漠は明日には越えられる。本当は嫌いな星空も、嫌というほど見れた。

 一つ目の旅が終わる。

 あの世はたぶんあるだろう。だが私は、この世にしかやりたい事がない。あの世でのことは、死んだ後で良い。

 炎がはじけた。ぱちりと音がし、火の粉が砂地へ舞い落ちる。

 黄色い光はまたたく間も無く消えてしまった。


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