悪役令嬢は一筋の光明を見る
父親が作らせた女性用乗馬服は、完璧だった。
ベージュのハイネックブラウスには、白のシルクにオリーブの葉とオレンジをデザインした明るいスカーフ。ジャケットはオリーブグリーンで、ゴールドのシャンクボタンもよく合っている。脚にフィットしたズボンも、ジャケットと同じ色。優しい風合いのキャラメル色の革のロングブーツに、ズボンをインすることで、全体も引き締まる。
ジャケットとズボンは、色違いで黒、紺、白もあった。
スカーフはイエローのシルク生地にゴールドの馬蹄や馬具をあしらったデザイン。ダークブルーのシルク生地にトランプがデザインされたもの。ピンクのシルク生地に沢山の花と蝶が舞った華やかなデザインの逸品。
乗馬服が無地なので、スカーフの美しさが際立つ。
伝統的にはアスコットタイが多いけれど、こっちの方がうんと華やかで女性らしいわ!
「お父様、これはこれでいいと思いますが、柄ものの乗馬服もいいかもしれません。ジャケットは無地でも、ズボンをチェック柄にする。柄の太さや細さを変えたり、色のバリエーションを豊富にすれば、チェック柄だけでも多種類で展開できます。無地についてもブラウン、ベージュ、プラムなどの色もあるといいのでは?」
「柄物の多色バリエーション展開か。いいだろう。組み合わせ次第で、他の令嬢とも被らないようにできるな。さらにスカーフも種類を増やせば……」
「令嬢は季節と流行に合わせ、乗馬服を何着も持つようになるので、がっぽり稼げますわよ」
なぜか最後は親子で「おーほっほっ!」「ふぉっ、ほっほっ!」と高笑いしている。
別に悪いことをしていないのに、なぜかこの笑いなのよね。変なの。
何より父親も高笑いをするのだから。
もしかしてエリノアの高笑いは、父親譲りだったという隠し設定が、あったりするのかしら?
でも父親とは以前と比べ、うんと距離が近くなった。現状の婚約者なしで、家業を手伝っている状態に、文句も言われない。年齢的には婚約者がいておかしくないし、なんなら結婚し始める令嬢も多いのに。そこを見守っていてくれていることには……感謝だ。
一方、父親と私で熱心に女性用乗馬服に取り組む様子を見ていた母親は、自分も協力すると言い出した。お茶会を開催しては、招待したマダムに、しきりに女性用乗馬服の必要性を説いている。母親だけではない。兄は、父親が商会の力に注力できるよう、次期当主として頑張ってくれているわけで。
なんだか最近のコール公爵家は、家族一丸となり、日々を過ごしている気がする。
ちなみにハンサムな兄のところには、山のように縁談話が届いていた。これに本人は辟易している。でも確かに兄こそ嫡男であり、次期当主なのだから、婚約者が必要だった。だが、兄が独身貴族でいてくれる限り、私の結婚は免除される気がする。
そんな日々を過ごしていると、女性用乗馬服は、店頭に並べられるだけの用意が整ってきている。そこでカタログとサンプルを持ち、王妃に会いに行くことにした。
さすがにズボン姿で会うことはできない。だがストロベリー色のドレープを重ねたスカートの上に、乗馬服用のチョコレート色のジャケットを羽織った。さらに首元には、淡いピンクのシルク生地にマカロンやカラフルなカップケーキが描かれた、これまた乗馬用のスカーフをつけ、お茶会の席へ向かった。
今回、この姿で宮殿に行ける意味は大きい。何せいつもド派手な色とデザインのドレスを着せたがるメイド達が、何も言わず、この衣装に着替えるのを手伝ってくれたのだ。今回は、父親が手掛けるお店の商品をPRするため、これを着ている。だからメイド達も文句は言えない。
ということは今後も父親の店を手伝い、そこで作られるドレスを着れば……脱・悪役令嬢衣装ができるのではないだろうか!? いまだ悪役令嬢であることを求められているが、そこから脱するには、一歩ずつ進むしかない。これはそういった意味で、大きな前進だと思うわ! つまり一筋の光明を見た気がする。
ご機嫌で宮殿へ向かい、早速指定された庭園の東屋に向かうと、ほどなくして王妃もやってきた。
周囲には、色とりどりの花が咲き乱れている。まさにその花々を衣装にしたような、大変美しいフラワープリント柄のドレスを、王妃は着ていた。アイボリーの生地にピンク、レッド、オレンジ、イエローの花々と、グリーン。とても美しい。私も……こんなドレスを着たい! 私はそう思っていたのだけど、王妃の方は、真逆のことを考えていた。
つまり今日の私の装いを見た王妃は普通に「まあ、なんて素敵なスカーフ! それにそのジャケット、見ているだけで、甘い香りがしそうな色だわ!」と褒めてくれたのだ! その後はお茶そっちのけで、持参したカタログを見てもらい、サンプルを手にとってもらった。
「王都で一番大きいお店が、宮殿にも近い場所にあるわよね? 女性用乗馬服発売当日は、お昼の時間にあわせ、お店へ足を運ばせていただくわ」
「え、お、王妃殿下、よろしいのですか? お忙しいのでは!?」
「エリノア公爵令嬢は、あの芋男爵令嬢の躾、ちゃんとしてくださっているでしょう。わたくしはね、忠義に対しては、報いるタイプなのですよ」
これには「じ~ん」と感動してしまう。王妃はこんなに立派なのに、ゲースはカーミランのような女に、ころっと騙されちゃうのかな。……まあ、それも仕方あるまい。ここが乙女ゲームの世界なのだから。
ともかく王妃が店に来てくれるなら、もう女性用乗馬服は成功と言っても過言ではないだろう。これは早速屋敷に戻ったら、父親に報告をしないと!
うきうきで王妃とのお茶会を終え、エントランスホールに向け、歩いていると……。
「ゲース殿下の意地悪~~~っ!」
この甘ったるい声は……!
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは本日、21時までに『悪役令嬢はいろいろ呑み込む』を公開します。
ご無理なく、ご都合のあうタイミングでご覧くださいませ。