悪役令嬢は“推し”を見出す
兄といい、カルヴィンといい、悪役令嬢エリノアのそばに、こんなに眼福になる逸材がいたなんて! しかも二人とも、ヒロインの攻略対象ではない。絶対に加えたら、ゲームの売り上げ倍増するのに。私だったらカルヴィンの季節限定衣装や和装なんかがあったら、青天井課金しそうで怖いわ。
まさにこの世界で、私の推しになりそうなカルヴィン。舞踏会で彼と会い、そこに兄が合流すると、もう会話は大いに盛り上がった。「ぜひ屋敷にも来いよ、カルヴィン」と兄は実に気さくにカルヴィンに告げた。「ああ、伺わせてもらうよ」と答えたカルヴィンだが、でもそれは社交辞令だと思っていた。
ところがカルヴィンは、任務や訓練の前後に、兄を訪ね、屋敷へ足を運ぶようになった。兄は基本的に父親から公爵家の管理を任され、屋敷へいることが多い。その分、父親は、女性用乗馬服作りに熱中している。
兄とおしゃべりを楽しんだカルヴィンは、兄、母親、私と一緒に昼食だったり、夜には夕食も楽しむ。夕食の時は父親もいて、そうなると「秘蔵のワインがある」と、男性陣はお酒を飲み始めることもあった。
兄は意外にもお酒は強くないようで、飲むとすぐ、その陶器のような肌を赤くする。対してカルヴィンは、かなりの酒豪のようで、父親が何度か撃沈させられていた。私と母親は、お酒を楽しむ彼らに、紅茶片手に途中まで付き合う。そして頃合いを見て、寝る準備をする。
その日は、月の綺麗な夜だった。
前日は筆頭公爵家の舞踏会に顔を出していて、それが夜遅くまで続き、おかげで夜型になってしまったのか。寝る準備は整ったものの、まだ寝る気がしない。バルコニーに出て月でも見ようとしたら、庭園にカルヴィンがいた。
どうやら今晩は泊っていくようだ。
翌日がオフで、兄と父親とお酒を楽しんだ時、カルヴィンが屋敷に泊るのは、それなりにあることだった。
きっと兄は真っ赤で酩酊状態。父親はもう爆睡なのかもしれない。
そして酒豪のカルヴィンは……なんだか気持ちよさそうに月光を浴びている。
そうなるとその姿は、神々しく見えた。ブロンドは月光を受け、私と同じ、シルバーブロンドに見える。肌は静謐さを増し、この世ならざる者のような美しさ。
絵になるわね。
これでポスターでも、運営には作って欲しいところだわ。
そんな気持ちで眺めていると。
驚いた。
鋭い視線と共に、カルヴィンが私を見たのだ。
しかも腰に剣を帯びていたようで、その手はしっかり柄にかかっている。
つまりは私の視線=敵の可能性を考え、振り返ったのだ。
酔っぱらっていると思ったのに。しらふなの?
「エリノア嬢!」
緊張を解き、ふわっと笑顔になったカルヴィンの優美さと言ったらもう、どう表現したらいいの!? 大変、目の保養になる。決めショットとして、大判うちわとクリアファイルにしたいな~。って、そうではないわ。
「月の姫君、その寵愛を、わたしには与えてくださらないのですか?」
!? 何を言いだしたの、カルヴィン!
と、思ったけれど。
これは今、王都でロングランしている有名な歌劇『月夜姫と七人の若者』のセリフだ。
「わくしの愛を欲しくば、この世で最も紅く輝くあなたの心臓を捧げてください」
そんなことできないでしょう、だからあなたの求愛には答えられないという返しのセリフを、私は口にする。
「もし自分の心臓を捧げれば、そなたの愛を得ることができるのですね」
うん!? それは劇のセリフとは違うわ。
えーと、どうすればいいのかしら。
こういう時、気の利いたセリフが浮かぶのは、劇作家くらいでは!?
「ええ。心臓とあなたの気持ちを捧げてくだされば」
苦肉の策のセリフだったが、カルヴィンは満足そうに微笑み「エリノア嬢、もう遅い。横になられた方がいい。無理に眠る必要はないだろう。ただ体を横にし、目を閉じているだけでも、休息にはなるからな」と言うと、屋敷の中へと戻っていく。
その際、カルヴィンが珍しく、足がカクっとなった。足元が滑ったのか、何か踏んでしまったのか。ともかくそんな姿を見るのは、初めてだった。そこで気が付く。酒豪だし、酔っ払いには見えなかったけれど、カルヴィンも相応に酔っているのだと。
呂律が回っていない訳でもなく、明朗に歌劇のセリフを口にしていた。しかも自身で思いついた言葉まで、加えていたのに。まさか酔っていたなんて!
そんなこともありつつ、舞踏会や晩餐会でカーミランを見かけたら、マナー違反がないかをチェック。やらかしていたら、勿論注意だ。そこにゲースがきても、関係ない。王妃には都度報告をしており、私が報告したマナー違反は、妃教育を通じ、カーミランは注意を受けている。よってカーミランも薄々気づいていた。私があえて注意していることに。背後に王妃がいることにも。よって最近はゲースが駆け付けても「何でもないですわ、殿下。行きましょう」と言うようになっていた。
そんな感じで、王妃から頼まれた役目も、ちゃんと果たせていると思う。
そうして婚約解消から三週間後。
待望の女性用乗馬服が完成した。私がアドバイスした、オシャレなスカーフも取りられている。
「どうだエリノア、試着してみるか?」
「仕方ないですわね、お父様。試着してさしあげますわ、おーほっほっ!」
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは明日、13時までに『悪役令嬢は一筋の光明を見る』を公開します。
ご無理なく、ご都合のあうタイミングでご覧くださいませ。