悪役令嬢は驚愕する
颯爽と、兄に負けない長身の男性が現れた。
もしやこれ、悪役令嬢がピンチな時に、突然現れるヒーローだったりする!?
少し期待を込め、その男性を見る。
彼は私達に軽く会釈すると、お皿を手に取った。
あ、軽食を取りに来ただけです?
そうよね。そうですよね。
ヒーローなんて、いないわ。
それにしても。
その服装を見て、何者なのかと検分してしまう。
ミッドナイトブルーのこれは……儀礼用の軍服だわ。
襟に階級を示すバッジをつけているが、これは王立ブルー騎士団のものだわ。しかも上級指揮官。この国の騎士団では団長、副団長、十名の上級指揮官がいるはずだけど……。こんなに若い上級指揮官もいたのね。さすがに若いから胸の略章の数は少ない。シルバーの飾緒、サッシュとマントは純白と、実に爽やかだ。
しかも見事なブロンドに碧い瞳をしている。横顔から見て取れる鼻の高さ。シャープな顔のライン、引き締まった体躯、長い脚……。「完璧だわ」と私が見惚れていると、カーミランもガン見している。ゲースが隣にいるのに! でもそのゲースだって、思わず目を奪われているのだ。同性であっても、つい見てしまう。それぐらい、存在感もある上級指揮官だった。
だが。
あろうことかその上級指揮官は、ほうれん草とベーコンのキッシュを取った後、卵のタルトをとった。すると、ほうれん草とベーコンのキッシュを戻そうとしたのだ!
「あ、あの」「君、何をしているんだ!」
私より先に、ゲースが怒鳴った。
するとその上級指揮官は動きを止め、ゲースを見る。
「何か問題がございますか、殿下」
「あるとも! 君はそのキッシュを一度皿にとっている。それを戻すのはマナー違反だ。ブルー騎士団では、そんなマナーのできない者が、上級指揮官をしているのか!?」
「それは大変失礼しました、殿下」
上級指揮官は、トングで掴んでいたキッシュを自身のお皿に置きなおし、ゲースに深々と頭を下げた。
「殿下、自分はカルヴィン・エド・ヘースティングズと申します。王立ブルー騎士団の上級指揮官に、この度任命されました。実は三年間、コール公爵家のロードリッヒ令息と共に、遊学に出ておりまして。先程そちらの大変愛らしいご令嬢が、自分と同じようなことをされていたのを見たのです。この国を不在にしていた間に、マナーに変更があったのかと思ってしまいました。本当に申し訳ありませんでした」
これはビックリ!
コール公爵家のロードリッヒって、私の兄のこと。
兄と共に遊学に出ていた方なのね。
そう言えば食事の席で話す兄の会話の中に、何度も「カルヴィンが」と出てきていたけれど……。そうか、この方が!
しかも、カルヴィンは今、さりげにカーミランが一度とったタルトを元に戻そうとしていたと、証言してくれた。
こんな展開、予想外!
颯爽とヒーローが登場した……わけではないけれど、私の悪役令嬢人生の中では、まさに快挙だわ。
チラリとゲースを見ると口を一文字に結び、何も言えない。
カルヴィンのような騎士が、しかもブルー騎士団の上級指揮官が、嘘を言うわけがなかった。何よりも名誉を重んじるのだから。
沈黙が広がり、カルヴィンが再び謝罪の言葉を口にすると、ゲースがそれを制した。
「ヘースティングズ上級指揮官、申し訳なかった。君は勘違いしただけだ。この国でマナーに変更はない。一度自分の皿に取った物は、元へは戻さない……。昔通りで頼む。行くぞ、カーミラン」
ゲースがカーミランの腕を掴み、歩き出そうとするのを、カルヴィンが「殿下」と声をかけた。
「自分は、問題ございません。ただ、こちらのレディは誤解を受けたのでは? 自分の名誉より、彼女の名誉に配慮いただければ」
神だ……! 神が降臨した!
一方のゲースは唇をぎゅっと噛み、苦々しい顔をした。
だがカルヴィンが言うことは正論だ。
ゲースは顔だけ私の方へ向け「誤解があったようだ、エリノア。すまなかった」とだけ言うと、カーミランと共に、振り返ることなくその場を去った。
これにはもう「ざまぁ、みやがれ~!」と言いたくなってしまう。
いや、その前に御礼を、この神カルヴィン様に!
「ヘースティングズ様、ありがとうございます。私、コール公爵家の長女であり、ロードリッヒの妹、エリノアと申します。私の名誉をお守りくださり……」
そこでカルヴィンの顔を見て考える。ここで重ねて御礼申し上げるのでいいのかしら?
やはり悪役令嬢なので、普通に御礼を言うのでは、ダメな気がする。
「私の名誉を守るなんて、騎士なのですから当然ですわよね~。おーほっほっ!」「エリノア嬢」
カルヴィンが、ぽすっと私の頭に手を載せる。
ドキッとして彼を上目遣いで見ると。
「なんだ、その笑い方は。会うのは九年ぶりだが、どこで覚えた、そんな笑い方?」
「しょ、初対面ではないのですか!?」
「ロードリッヒが寄宿学校に入学する時、会っただろう? 忘れたのか?」
え、えーと、そうでしたっけ?
「その顔は覚えていないようだな。まあ、仕方ない。この九年間、文の一つも送らなかった。だがそれも仕方ない。エリノア嬢は、自分達が寄宿学校に入ってしばらくしたら、ゲース殿下の婚約者になってしまったから。そんな雲の上の方に、迂闊に手紙なんて送れないからな」
この話しっぷりからすると、兄とは同級生ね。
でも確かに兄が入学した寄宿学校は、普通科と騎士科が併設されていた。授業は別々のことが多くても、寄宿舎では同じ部屋だったりする。その結果、普通科と騎士科と専攻が違っても、生徒同士は仲がいい――そう、兄が言っていたことを思い出す。
そして手紙……。
それは仕方ないと思う。王族の婚約者に、不用意に手紙なんて送れない。それにこの世界、手紙好きもいれば、直接会って話すのが好きと、様々なタイプがいる。さらに前世でメールが苦手な人がいたように、手紙は苦手ということだってある。それは「字が下手だから」とか「書くのに時間がかかるから」と、理由は様々。
ちなみに兄は両親の命令(?)で、月に一度、月次レポートのようなものを屋敷へ送っていたらしい。でもそれは本当に報告書みたいなものだったので、私が見ることはなかった。
「そんな雲の上の方だったのに。エリノア嬢。君は派手に婚約解消をしたのだろう? これからは仲良くしてくれよ。自分は婚約者もいないから。それにカルヴィンと、名で呼んでもらって構わない」
快活に笑うとカルヴィンは、私に手を差し出した。
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続きは今晩、22時までに『悪役令嬢は“推し”を見出す』を公開します。
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