焦燥と静謐。再会の時が迫る
ようやく宮殿のエントランスが見えてきた。
ポケットから取り出した懐中時計を見て、ため息がもれる。
舞踏会はもう始まっているはずだ。
国王陛下夫妻は既に入場しているだろうし、挨拶もとっくに終わっているだろう。
最初のダンスも済み、招待客のダンスがスタートした頃か。
「もう宮殿の敷地内だ。少し急いでくれ」
御者に声をかけると、馬車の速度が上がる。
街中と違い、舞踏会の最中の宮殿の馬車道に、馬車の姿は皆無。
おかげであっという間にエントランスに到着できた。
エントランスホールに入り、足早に舞踏会の会場である大広間を目指す。
エリノア嬢と再会できる、宮殿での舞踏会。
前日に髪を整え、王都の令息の間で人気だという香油も手に入れた。ブーツもしっかり磨いてもらい、身だしなみは限りなく完璧にできたのだ。だがそれがこんな結果を生むなんて……。
騎士団本部は宮殿の敷地内にあった。
だが上級指揮官の任命式は、宮殿の敷地内にある大聖堂ではなく、街中にあるポール大聖堂で行われることになったのだ。その理由は、今回自分とは別にもう一人、任命される上級指揮官が、平民出身者だったから。
自分の欠員枠の補充とは別に、あらかじめ年齢を理由に退役が決まっていた上級指揮官がいた。その後任が、五十代前半の平民出身者のリピットだ。十代で騎士団に入団してから、三十年以上かけ、平民出身で初めて上級指揮官に任命される。しかも王都出身。この快挙に王都民が大いに沸き、結果、一般市民も参列できるよう、街中の大聖堂で任命式が行われることになった。
国王陛下による任命式は、既に王宮内で済まされている。
それはごく少人数で行われた。非公開で、王立ブルー騎士団からは騎士団長と、今回上級指揮官に任命される二名しか参加していない。よって街の大聖堂で行われる任命式は、公に向けたセレモニーだった。
「カルヴィン、任命式に顔を出そうと思ったが、警備面で厳しいと言われ、見送らせてもらうことにした。その代わり、友として君を我が家への食事に招待するつもりだ。上級指揮官ともなると、忙しいだろう。時間がある時、気軽に来て欲しい」
そう、ロードリッヒが言うのも仕方ない。
上級指揮官の任命式が、街中の大聖堂で行われるなんて、初のこと。そうなると事前のリサーチで、かなりの平民が殺到することが予想された。防犯も踏まえ、貴族が着席できるスペースをあらかじめ確保するとか、貴族と平民で入場を分けるとか、そういったことも検討されていたが。
平民と貴族で色をつけるなら、街中の大聖堂でやる意味がないのでは!?
そんな批判も起きかねない。
その結果。
貴族はほぼ参列を断念した。貴族であれば、上級指揮官と会う機会は、今後も皆無ではない。舞踏会や晩餐会など、騎士団を代表し、上級指揮官が参加することは相応にある。ロードリッヒ同様の連絡が、多くの知り合いの貴族から届いた。
これはこれで仕方ないと思う。
平民出身の上級指揮官の誕生。それはお祭り騒ぎの案件だ。そんな歴史的快挙の場に、自分が立ち会うことになるのは、光栄だと思う。
だがしかし。
まさか任命式が終わった後、リピットだけではなく、自分まで一般市民にあんなに囲まれるとは思わなかった。
「こんな若くてハンサムさんが上級指揮官なのかい!」
「なんだか近くに行くと、いい香りがするよ!」
「ほんと、イイ男だね!」
普段より身だしなみを使ったことで、一般市民の、特に女性のハートをつかんでしまった。
シドがそばにいて、うまくガードしてくれたが、それでも間に合わない。騎士達もなんとか抑えようとするが、強くはでることができない。何せ皆、祝おうとしているだけであり、攻撃するつもりではないのだから。
もう次から次に花を渡され、握手を求められ、ハグをされた。
高価な百合の花を渡されても、花粉がつくのではと、気が気ではない。何せこの軍服で、舞踏会に向かうつもりなのだから。
花粉はなんとか大丈夫だった。ところが靴磨きの少年と握手して、手に靴墨がつく。パン屋の女性とハグをして、顔になぜか粉がついた。
ようやく熱烈な祝福から解放されると、大聖堂近くの聖職者が暮らす建物で、身だしなみを整えなおすことになった。予定時刻をかなりオーバーしている中、馬車に乗り込み、宮殿へ向かおうとすると……。
盛り上がった一般市民が、馬車道に飛び出す。さらに既に酔っ払いとなって道をふさぐので、なかなか馬車が前へ進まない。そこに舞踏会へ参加する貴族の馬車も現れ、ますます混雑が起きた。挙句、リンゴを積んだ荷馬車で荷崩れが発生。木箱やりんごを拾わないと、動けない。勿論、自分も馬車から降り、片づけを手伝った。すると「上級指揮官が自ら手伝うなんて!」とまたも一般市民に囲まれる。
舞踏会の時間が……と焦る気持ちはあったが、無下にはできない。
その結果が、今だ。
いろいろと気持ちが乱れている。
落ち着こう。
大広間に入る前、庭園に出た。
春爛漫のこの時期、宮殿の庭園は薔薇が咲き乱れている。
月明かりを受けた薔薇の花たちは、なんだか静謐だった。
大広間に面していない庭園なので、舞踏会の喧騒とは無縁。ここにいることで、自然と呼吸も深くなり、焦燥感もおさまる。エリノア嬢は、婚約破棄されたばかり。焦る必要はない。今日はひとまず、再会の顔をあわせみたいなものだ。
そう。
あれだけ会いたいと願ったのだ。
その姿をまず見る。会話できたら幸運だと思おう。
「カルヴィン様、行かれますか?」
シドがベストタイミングで声をかけてくれる。
「ああ、行くよ」
廊下へ戻り、そのまま舞踏会が行われる大広間へと、足を踏み入れる――。
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