動き出す恋(2)
その後はもう、食い入るようにニュースペーパーに目を通すことになる。
舞踏会の招待客に話を聞いたのか、かなり詳細に状況が書かれていた。
どうやらゲース第三王子は、エリノア嬢という婚約者がいるのに、別の令嬢……カーミラン男爵令嬢と仲が良かったようだ。婚約者にちょっかいを出す男爵令嬢を許せなかったエリノア嬢が、彼女に嫌がらせをした。それをゲース第三王子は……多くの招待客がいる舞踏会の最中に、大声で指摘した。そこでエリノア嬢が反撃に出たというのだ。
「自分の婚約者にちやほやする異性がいたら、嫌な気持ちになりませんか?」と周囲の貴族の同意を得た上で「ともかく私にも、カーミラン嬢に冷たく当たる理由はあったわけです。よって一方的にお前が悪いと断罪された上に、婚約破棄では納得がいきません。婚約は破棄ではなく、円満解消としましょう、殿下」と、その場を収めたという。
この経緯をニュースペーパーは面白おかしく書き立て、かつエリノア嬢にとても好意的な論調になっている。ゲース第三王子は断罪しようとしたのに、見事円満解消に持ち込んだその手腕が、かなり評価されたようだ。
たしかに通常の令嬢ではこうはいかない。反論などできず、その場で泣き崩れ、断罪されて終了だろう。例え自身だけに非がなくても、それを大勢の前で声に出して言うことはできない。それを踏まえると……。
これはもう、何というか、エリノア嬢らしいな。
彼女のこの言動から推察するに、エリノア嬢はゲース第三王子とは、政略結婚だったのだろう。もし心から愛していれば、こんな冷静に対処できないはずだ。王家と筆頭公爵家、家同士の政略結婚として受け入れていた。そこはあの彼女でもどうにもできず、受容していたと思う。それなのに。
婚約者が浮気したら……。思うことをズバズバ言うエリノア嬢のことだ。そのカーミラン男爵令嬢は、きっと砂糖菓子のような令嬢だったのだろう。ちょっとエリノア嬢に言われただけで、ポロポロと泣き出したのかもしれない。そしてそんな愛らしい令嬢が、ゲース第三王子は好みだった。庇護欲をかきたてられた。
いずれにせよ。この円満婚約解消は、自分にとって朗報でしかない!
完全にあきらめたつもりでいて、あきらめきれていなかったエリノア嬢への想い。
父親と兄のアドバイスで、気持ちを断ち切り、前に進むことを決めた。
だがいきなり当たって砕けろはできない。
まずは彼女の成長した姿を見たいと思ったが……。
このニュースペーパーの絵を見る限り、美しい令嬢に成長したようだ。
……早く、会いたいな。
とても気持ちが高揚していると感じる。
「シド」
「はい、カルヴィン様」
すぐにこちらへとシドが来てくれる。
少し気恥ずかしく思いながら、「こほん」と咳ばらいをしてから、口を開く。
「舞踏会の前日に理髪師を呼んでくれ。革のブーツもよく磨いて欲しい」
「かしこまりました」
「それと……香油を……つけたいのだが、その……」
「王都のご令息の間で流行しているものを調べ、速やかに手配いたします」
皆まで言わずとも察してくれるシドに安堵する。
ロードリッヒと共に足を運んだ舞踏会は、半ば義務的なものだった。
異国での人脈作りのためであり、ダンスが目的でなければ、令嬢と知り合うことを楽しみにしていたわけでもない。よってロードリッヒから「カルヴィン。明日の晩は、舞踏会へ顔を出そう」――そう遊学中に声を掛けられた時は、全く乗り気ではなかった。
それなのに今は、舞踏会が待ち遠しくて仕方ない。
朝陽が射し込む窓から空を見上げる。
エリノア嬢に会えるその舞踏会を思うと、胸の高鳴りがなかなか収まってくれなかった。
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