動き出す恋(1)
「カルヴィン様、どうされたのですか? まさか、また筋肉がついて、服のサイズが合いませんか!?」
腰にタオルを巻いただけの姿でバスタブの淵に腰かけ、考え込んでいると。タオルを手にバスルームに入って来た従者のシドが、声をかけた。
「いや、違う。……母上が、宮殿の舞踏会でオーソドックスな黒のテールコートを着ないなら、これがいいと用意してくれた服があるのだが……」
「ああ、こちらですね。……伝統的なタイプですよね。古式ゆかしいというか。シャツの襟や袖、身頃のふんだんなフリル。首元につける生地と同色のリボン。最近、お見かけしないデザインですよね」
シドがハンガーにかかるシャツを見て、ポジティブな感想を漏らす。伝統的で古式ゆかしい……そうなのだろう。母親が若い頃は、これを着ている令息が多かった。なんなら父親もこれを着ていたのか。
父親は中肉中背で、最近はお腹周りが出てきた。だがきっと若い頃は、今よりシュッとしていただろう。……意外とこういうフリルも、似合っていたのかもしれない。だが、自分はどうだ……? 着やせすると言われているが、筋肉はついている。しかも普段、全く無縁のこのフリルが合うのか……?
「ヘースティングズ夫人の厚意を無下にせず、このシャツを着ないとなりますと……これから支給される、王立ブルー騎士団の上級指揮官向けの儀礼用の軍服がいいのでは? 参加予定の宮殿の舞踏会は、上級指揮官の任命式の日の夜ですよね? 騎士の方は、儀礼用の軍服で舞踏会に参加されるのは、よくあることですから」
「……! そうだよ、シド。それでいこう!」
事前にシャツのサイズがあうか、確かめることにしてよかった。
舞踏会当日にこのシャツとにらめっこでは、大変なことになっていただろう。
「かしこまりました。ではこちらは片づけておきます」
「ああ、頼む」
「起きてすぐ、剣術訓練をされていましたよね」
「そうだが」
シャツのかかるハンガーや上衣など、衣類一式を手に抱えたシドは、「きっとまだご存知ないと思うのですが……」と前置きをして、こんなことを教えてくれた。
「お部屋に朝の紅茶をご用意してあります。ニュースペーパーもいつも通り、準備していますが、チラリと見出しが見えました。……昨晩の宮殿の舞踏会で、騒動があったようです」
「騒動? なんだ、王族を狙った暗殺者の侵入でもあったのか!?」
騎士という立場で騒動となると、物騒なものをまず想像してしまう。これは……職業病か。
「そういった事件ではなく、婚約破棄……いえ、婚約解消の話が、舞踏会が行われたホールであったそうです」
「婚約解消? そんなことが記事になるのか?」
「多くの招待客達が見守る中で行われたようで……。詳しくは私も読んでないので、分かりませんが」
衆人環視の中で婚約解消をする。なぜそんな必要が? そんなプライベートなこと、普通はどこかの個室で二人きりか親族同席の上でしそうに思える。
ひとまず着替えを終え、寝室へと戻った。そしてそのまま窓際のテーブルに置かれたニュースペーパーを手に、椅子に腰をおろす。すぐにシドが紅茶をいれてくる。
ニュースペーパーを広げ、そして――。
「宮殿の舞踏会で大波乱!? 第三王子、公爵令嬢とまさかの婚約解消!」
この見出しが目に飛び込んできた瞬間。
動きが止まってしまった。
ゲース第三王子の婚約者の公爵令嬢……それはエリノア嬢だ。
この二人が婚約を解消した!?
王族との婚約を解消するなんて余程のことだ。
一体何があったのだ!?
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