決して実らない恋の味(3)
自身の妻について、兄はこんな風に語る。
「ドレスと宝石が好きで、お洒落することが大好きな令嬢だと思っていた。だがいざ子育てが始まると、そんなお洒落なんてする余裕はない。でも文句を言わず、髪がぼさぼさのまま、化粧っ気なしで、授乳をしていた。その姿を見て、なんというか、彼女に対する見方が変わった」
兄はゆっくりブランデーを口に運び、話を続ける。
「そこからは上辺だけではなく、彼女の内面を見るようにした。すると……婚約者として過ごしていた時に気づけなかった、彼女の様々な面を発見することになった。結婚してから、妻に惚れ直した――かな」
そんなこともあるのか。兄は……良き伴侶に恵まれたのだろう。
「カルヴィン」
黒のスーツ姿の父親の重々しい呼びかけに、体がビクッと反応してしまう。
何を言われるかの予想は……ついている。
「学業と騎士になるための研鑽に励みたい。遊学中は国をあける。よって婚約者どころではない――そう言っていたな」
「……ええ、その通りです、父上」
だが父親はニヒルに笑い「何が、その通り、だ」とバッサリ切り捨てる。
「思うに。カルヴィン、お前は停滞している」
「停滞……?」
帰国と同時に王立ブルー騎士団から呼び出された。そこで上級指揮官に欠員が出たので、自分のことを任命すると言われたのだ。停滞などしているつもりはない。躍進させしていると自負しているのに。
「お前が婚約者を作りたがらないのは、その胸に、忘れられない令嬢がいるのではないか?」
父親のズバリの指摘にぐうの音もでない。
「図星だな」と兄が笑う。
「しかも質が悪いことに、お前はその気持ちを、自分の中で抱え続けているだけだ。つまりはその令嬢に、想いを伝えていない」
なぜ……父親がそれを知っている?
自分の胸の内など、誰にも話したことがないのに!
「それではいつまで経っても終わらない。カルヴィン。お前は王立ブルー騎士団の上級指揮官に抜擢された。そして伯爵家の次男。容姿にも恵まれている。伝えてみればいいではないか」
「な、父上! 負け戦と分かっていても、馬を進めよとおっしゃるのですか!」
すると父親と兄が、顔を見合わせて笑う。そして父親が口を開く。
「ようやく本音を吐いたな。あながちわたしとケビンの勘は間違っていなかった」
「……!」
鎌を掛けたのか!?
「時に勝算がなくても、そうすることに意義があると、分からないか? お前の場合、先に進むために必要なことだ。例えその想いが結実しないと分かっていても、自分で諦めるのと、相手から諦めるよう告げられるのでは、重みが大きく異なる。つまりは『あなたとは無理です。ごめんなさい』と言われてみろ。半年は引きずるかもしれん。だが次へ進むことはできる。まさに“諦めがつく”になるだろう」
すると兄までこんなことを言う。
「カルヴィン。兄からみても、お前は完璧だと思うよ。寄宿学校に入る前は、『これでコイツは騎士になれるのか?』と半信半疑だった。だが三年の間でお前は変わった。その成果を聞く度に、家族全員で驚いていた。そのお前が振られると確信する令嬢とは誰なんだ? 本当にそんな令嬢がいるのか? 想いを伝えたら、存外うまくいくかもしれんぞ」
想いを伝えたらうまくいく……。
それは……それはそうであったらと何度も思った。
でも無理だ。
彼女はもう自分の手には届かない……。
「いずれにせよ、お前のその生真面目な性格からすると、実らない想いに操を捧げ、このまま独身を貫きそうだ。我が家はケビンという跡取りもいて、既に孫もいる。ゆえにお前が今際の際でひとりぼっちでも構わないが……。だがな、親としては。騎士として最高の栄誉を得るだけでなく、男としての幸せも経験して欲しいと思う。伴侶を得ることは、悪いことばかりではないぞ、カルヴィン」
「そうだぞ、カルヴィン。もし子供でもできてみろ。この世にこんな宝物があったのかと、目から鱗が落ちるぞ」
父親と兄の言葉を、最初は好き放題適当に言って!と流そうと思った。
だが……。
停滞。
確かにそれは……。
王都に戻って来た。
エリノア嬢のいる王都に。
会ってみるか……。
いや、まずは遠くで様子を見るだけでも。
あれから五年経ったのだ。
エリノア嬢がどんな風に成長したのか、見てみたい。
翌日の朝。
自室のテーブルの山積みの手紙の中から、一通の招待状を発見する。
宮殿で開催される舞踏会への招待状。
宮殿で開催される舞踏会は、王族の主催だ。それすなわち、第三王子の婚約者であるエリノア嬢も顔を出す……。
顔を……見るだけだ。
成長した彼女を見るだけ……。
止まっていた車輪が、軋みながらもゆっくりと動き出す。
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