決して実らない恋の味(1)
「おい、カルヴィン、出発だぞ」
部屋に入って来たロードリッヒは、その長いシルバーブロンドの髪を左側で束ね、白シャツの襟を立て、シルクサテンのモーブ色のベストとグレーのズボンで、その長身の体を包み込んでいる。
美少女になりそうな兆しを一年次には見せていたが、卒業となる今は、立派な貴公子に成長していた。三年前はふっくらしていた顔のラインもシュッとし、眉はキリッとして、睫毛は長い。鼻も高く、唇と頬の血色もすこぶるよかった。深みのある藤色の瞳は、この界隈の女学生から「紫の貴公子様」というニックネームの由来となっている。
一方の自分は。
もはやエリノア嬢に指摘された“棒に吊るされ、丸焼きされている子ブタさん”などではなくなっている。剣と槍の腕は、全国の騎士科の学生の中では一番をキープ。弓の腕も相応にあげている。馬術では大会で二度優勝。そして騎士科の生徒なら誰もが憧れる王立ブルー騎士団には、推薦で入団が決まっている。
ただし。
二年間の猶予をもらっていた。
それは。
この国の筆頭公爵家の次期当主として、遊学するというロードリッヒに、付き合うことにしたからだ。
ロードリッヒは普通科ながら、運動神経も良く、当然だが勉強はできた。総代として卒業式でも挨拶をしている。その彼から「三年間。この塀の中でひたすら学業に打ち込んできた。だが世界は広い。外の世界をきちんと見聞しないと、人として完成しないと思う。だから僕は世界を見に行く。カルヴィン、君はどうする?」と問われた時。正直、衝撃を受けた。
自分の目的は騎士になることであり、あの王立ブルー騎士団への入団も決まっている。後は学校を卒業し、王都へ戻り、騎士団で騎士として生きて行く――。そこまでの展望しかできていなかった。だが、ロードリッヒは違う。この国を飛び出し、世界を見たいと考えているなんて……。
本当はもっと違う未来も描いていた。
立派な騎士となり、そしてエリノア嬢に自分の気持ちを伝えるつもりだった。一年ほどの交際を経て、プロポーズをして婚約。いろいろ準備をして一年後には式を挙げる。その頃までにはなんとか王立ブルー騎士団で、上級指揮官補佐ぐらいまで出世できていれば……そんな風に考えた時期もある。
でもその夢は、あまりにも早い段階で砕けている。
あとは……何かを吹っ切るように。忘れるように。
ただただ訓練に励んだ。その結果で今があった。
騎士科の同期からは羨望と嫉妬を受けるぐらい、騎士としては順風満帆。ただ、先の未来は空虚だ。寄宿制の学校に三年間いたため、令嬢との接点はゼロに近い。勿論、年齢的に社交界デビューのため、舞踏会へ足を運んだ。そこで多くの令嬢とダンスをしたり、会話もしたりした。
だが、物足りなかった。
令嬢達は皆、美しい砂糖菓子のようだ。
高級なドレスに身を包み、キラキラと輝き、令息の心を溶かす笑みを浮かべる。その唇を味わえば、さぞかし甘いのだろうが……。
手応えがない。
自分のことを褒め、相槌を打ち、微笑む。
だが自らの考えや思いを、熱く言葉にすることはない。意味深な視線を投げかけ、「察してくださる?」とアピールするばかり。対するエリノア嬢は、ズバズバ物怖じをせず、自分の考えを口にしていた。
諦めないといけない。
彼女は……この国の第三王子の婚約者なのだから。そう自分に言い聞かせて三年間。身体的に成長しても、自分の精神はまだまだ未熟なままだ。
自分の心の成長のためにも。
ロードリッヒと共に、自分も世界を見てみるのはどうだろうか?
幸いなことにこの国では、若者のモラトリアム期間を認めてくれている。騎士になると言っても、貴族の令息も多く、家の事情が加味された。つまり、即時入団も理由によって免除される。特に学校を卒業した直後の二年間は。さらなる技術の習得など、それらしい理由を並べれば、入団を遅らせることができる。
表向きは……そうだな。
他国の軍事力をこの目で確かめ、優れた武術や技術力を調査。防衛拠点や要塞を視察するため、二年間の遊学を申請したい……これでいけるだろう。
そう考え、申請書とレポートを提出し、あっさり許可が下りた。
そして今、卒業式は無事終わり、三年間お世話になった寄宿舎を出て、ロードリッヒと共に学校を出るところだった。
「カルヴィン様、ロードリッヒ様は既にエントランスへ下りています。向かわれてなくていいのですか?」
三年間。そしてこの後の遊学にも同行する従者のシドが、自分のことを見上げた。少年だったシドも、この三年で成長したと思っていた。だがどうやら身長については、自分の方が縦に伸びていたようだ。同じぐらいの背丈だと思っていたが、目線を下げることになる。
「ああ、今、向かう。馬車に荷物は既に詰んであるんだな?」
「はい。御者には正門ではなく、裏門に向かうよう、言われた通りの指示も出してあります。……ですが、学外の女学生は皆、ロードリッヒ様とカルヴィン様が出てくるのを、今か今かと正門で待っているのに、よろしいのですか?」
従者ではあるが、友のようなシドと並んで歩き出す。
「ロードリッヒが裏門から出ることを提案してきた。自分もそれでいいと思っている。女学生に興味はない」
自分の回答を聞いたシドは、微妙な表情を浮かべている。
「……言っておくが、ここが男子校だったからと、変な想像はするよな。ロードリッヒも自分もただの学友だ」
「ええ、承知していますよ、カルヴィン様」
なんだか含み笑いをするシドに辟易しながら考える。
世界に目を向けたら、そこにエリノア嬢のような令嬢がいるのだろうか。
――「人間、何事も諦めたら、そこで終了ですわよ」
一度しか会ったことがない親友の妹。
そしてこの国の第三王子の婚約者。
その彼女の言葉に励まされ、同時に。
決して実らない恋の苦い味を、自分は何度も噛みしめ続ける――。
お読みいただき、ありがとうございます!
【お知らせ】
『ざまぁは後からついてくる
~悪役令嬢は失って断罪回避に成功する~』
https://ncode.syosetu.com/n3197io/
本作のSSを公開しています。
気になる読者様はページ下部のイラストリンクバナーから
遊びに来てくださいませヾ(≧▽≦)ノ