彼の恋心(2)
「休みの日なのにすまないな。自分の外出に付き合わせて」
「構わないさ。おかげでピアノのレッスンをさぼるいい口実になった」
馬車の中で、対面に座り、窓の外を見るロードリッヒは、やはり美少女のように見える。
着ているセットアップもラベンダー色だから、なおのことそう見えてしまう。しかもこの姿でピアノも弾くというのだから……。
ロードリッヒは文武両道であり、ピアノまで個人的に習っていた。学校が休みの日、外部からピアノ教師を招き、音楽室でピアノのレッスンをつけてもらっている。まったく。芸術センスまであげて、これで体も男らしく育ったら、ロードリッヒはとんでもない貴公子になりそうだ。
しかもコール公爵家は、この国で五つしかない公爵家の筆頭なのだ。そしてその嫡男。
今は男子校にいるが、舞踏会へ頻繁に顔を出すようになったら……ロードリッヒはきっとモテモテだろう。
「それでカルヴィン。どの店に行くか、決めているか」
「! いや、実は街へ出るのは、これが初めてで……」
「だろうな。君は休みの日もトレーニングをしていたから。いいだろう。僕が見つけた店に案内するよ」
馬車がショッピングストリートと知られる、レスターロードに向かい、その入口付近で降りることになった。休日の晴天の午後。沢山の人でにぎわっている。
「こっちだ、カルヴィン」
ロードリッヒに案内されるまま、通りを歩いて行くと、一軒の雑貨屋に辿り着いた。羽根ペンやインク、画材、ステッキや扇子なども売っている。
中に入るとかなり広いし、三階まで店舗になっていた。
カード売り場は二階にあり、そこでは既にホリデーシーズンを意識したカードも沢山売っている。ロードリッヒは、カード売り場の近くの楽譜売り場を見ていた。自分は棚に並ぶカードを手にとり、そのデザインを確かめる。
エリノア嬢の印象は、やはりあの真紅のドレスだろう。
そうなるとこの赤い薔薇のデザインのカードか……。
いや、赤い薔薇に添えられるのは、愛の言葉が多い。そんな薔薇の花のカードを、いきなり贈るのは……。
心臓がトクトクと高鳴っている。
エリノア嬢の顔を思い出すと、なんだか落ち着かない。
――「何も始まっていないのに、はなから諦めたら、ダメではなくて? 人間、何事も諦めたら、そこで終了ですわよ」
彼女が自分にくれた言葉は、今でもはっきり覚えている。紙に書きだし、毎朝眺めているからかもしれないが……。
もっと鍛え、腕をあげ、一人の騎士として認められたら……。
この赤い薔薇のカードで、エリノア嬢に……。
「カルヴィン、決まったか」「あうっ」
不意打ち過ぎて、変な叫び声を出し、一枚のカードを棚から取り出していた。
「なんだ、クマのぬいぐるみが描かれたカード? 随分、子供っぽいな。エリノアは大人っぽいものを好むから、こっちにしておけ」
カルヴィンに渡されたカードには、黒い台紙に紫の花と白い猫が描かれている。
シンプルだが、シックで確かに大人っぽい。
「そうだな、これにするよ」
カードを手にレジへ向かいかけ、たまたま通り過ぎた宝飾品コーナーで、一つの宝石が目についた。それは、手の平に乗る程のサイズのハート型のルビーだ。これを見た瞬間、このルビーがペンダントに加工され、エリノア嬢の首元を飾る姿が浮かんでしまった。
「どうした、カルヴィン」
「このルビーが、すごいと思って」
ロードリッヒは、ガラスのショーケースに入ったルビーに目をやり、「ほう」とため息をつく。
「この店には時々、こういう掘り出し物がある。店主は儲けより、自分が目利きしたいい物を売るのが好きだからな。本来、国宝級の逸品も、しれっと店頭に並んでいる。おかげで僕は、モーラントの直筆のピアノ曲の楽譜を、格安で手に入れることができた」