彼と彼女の出会い(2)
「あっ……」と声が思わず出てしまう。
まずはストロベリーのような、真っ赤なドレスが目に飛び込んできた。この色のドレスをここまで完璧に着こなせるなんて、まだ少女だろうに、体はもう大人な女性だ。そして顔だって……。
さっきの少年よりも透明感のある藤色の瞳をしている。鼻もツンと高く、薔薇色の唇に、くすみのない肌をしていた。それになんて美しいシルバーブロンドなのだろう。長く艶やかな髪に、心臓がドキッとし、次の瞬間。
力が抜けていた。
しまった!と思ったが間に合わない。
力が抜け、手がまず枝から離れた。重力に引っ張られ、体重を支え切れず、そのまま足も枝から離れる。
ドボンという音が聞こえたのは一瞬で、耳には水が入り込む。
そう。
木のそばには池があった。その池に落ちたわけだ。
情けない。
美少女に見惚れ、うっかり力が抜け、池に落ちるなんて!
しかもその美少女の目の前で、だ。
羞恥どころではない。
もうこのまま池の底に沈みたい。
そう思ったが――。
脂肪は体が浮くのを、手伝ってくれたようだ。
しかも一度は深く沈んだものの、本能で手足をばたつかせたおかげで、水面へと浮上する。
そこで驚きの状況を目の当たりにする。
どう考えても上質で高級そうなドレスを着ているのに。
美少女はそれに構わず、池の中に入ってきていた。
しかも木の枝を手にし「しっかりして! これにつかまりなさい!」と叫んでいる。
これには感動とこれまた羞恥。
こんな美少女に助けられるなんて!――感動。
こんな情けない姿を見られたなんて!――羞恥。
枝に掴まろうと必死に泳いだし、さらにはしごを手にした大人も集まって来た。
最終的に池から救出され、自分と美少女は保健室へ運ばれる。そこでまず、びしょ濡れの服を脱ぎ、タオルでくるまれた。用意されたシャツとズボンに着替えながら、そばにいる男性教師に尋ねる。
「あの、彼女は、ご令嬢は怪我などないですか、大丈夫でしょうか?」
「どこも怪我はしていないぞ。むしろ君のことを心配をしていたぞ」
「……!」
この時、羞恥は吹き飛び、胸が熱くなっていた。
ベッドで横になるよう言われ、まさに掛け布を体の方へ引っ張った瞬間。
令嬢が入って来た。
白のだぼだぼのシャツに、チェック柄のズボン。この学校の制服だ。ドレスの替えなどなく、男子の制服を着るしかなかったのだろう。それでも彼女の美しさが、損なわれることはない。
横になっていた体を起こし、御礼の気持ちをすぐに伝える。
「ご令嬢、先程は助けていただき、ありがとうございます。自分はカルヴィン・エド・ヘースティングズと申します。ヘースティングズ伯爵家の次男です。お名前をお聞きしても?」
「カルヴィン様。ご無事で何よりです。私はエリノア・コール、あのコール公爵家の長女ですわ。私のことを知らないなんて! これまでの人生、損をされていましたね。でも大丈夫ですわよ。私と知り合うことで、カルヴィン様の運は上向くと思いますわよ~」
手を口元に当て、微笑む様子はまるで女王陛下のようだ。
この自信満々のエリノア嬢を見ると、自分が不甲斐なく、情けない気持ちになる。
「エリノア嬢の言う通りだと思う……。入学早々、醜態をさらし、お恥ずかしい限りだ。これで騎士科に在籍だなんて……」
唇を噛みしめる自分にエリノア嬢は「あら、そこは落ち込むところかしら?」と言うと、こう続けた。
「騎士になるために、入学されたのでしょう? 騎士として入学したのであれば、あれぐらいで池に落ちては、ダメダメかもしれませんわ。でもこれからですわよね? あなたはまだ、騎士ではないのだから。これからもっと力をつけて、運動神経をよくして、剣術の腕も馬術の腕も、磨いていくのでしょう? 何も始まっていないのに、はなから諦めたら、ダメではなくて? 人間、何事も諦めたら、そこで終了ですわよ。私が尊敬する方は、そうおっしゃっていましたわ。そしてそれが、私のモットーですから!」
この言葉を聞き終えた時。
自分の魂が震えているように感じた。
心の琴線に、エリノア嬢の言葉は触れたと思う。
そうか。
諦めたら、そこで終わってしまう。
これからだ。
運動神経を鍛え、剣術も馬術の腕も。槍や弓も。すべてマスターし、高みを目指す。
エリノア・コール。
君の名は絶対に忘れない――。