悪役令嬢は目覚める
不意に目が覚めた。
自分が見知らぬ場所のベッドで、横になっていることに気づいた。
シンプルな白の寝具、右側には窓があり、左側は開けたスペースで、ソファが置かれている。出入口と思われる扉も見えた。その扉が開くと……。
「「「エリノア!」」」
両親と兄が部屋に入って来た。
父親はグレーのガウンで、母親はよほど慌てて屋敷を出てきたのか、寝間着にティーガウンという仰天な装いになっている。兄だけはウィスタリア色のスーツ姿で、この場にもおかしくない姿だった。
「怪我がなくてよかった、心配したぞ!」
駆け寄る父親の言葉で、瞬時に記憶が甦る。
同時に目頭と鼻の奥がじわっと熱くなり、涙がボロボロとこぼれ落ちた。
「カルヴィン様が、カルヴィン様が私を庇い、ナイフが、ナイフが――」
呼吸がままらない私を、兄が抱きしめ、背中をさすってくれる。
「大丈夫だ、エリノア。カルヴィンは生きている」
これには息が止まり、涙だけが、ボロッと頬を転げ落ちる。
ナイフが心臓に刺さったと思ったのに!
「エリノア、落ち着いて。呼吸するんだ」
兄の声に慌てて、深呼吸することになる。
驚き過ぎて、息を止めていた。
「お前たちを襲った男も捕まっている。動機や何者であるか言わなければ舌を切り落とすと……カルヴィンの従者が脅すと、あっさり白状した。犯人は、ブラック・シャドウに所属する男だ。今回、仲間が沢山逮捕され、その報復で動いたらしい。王立警備隊が連行し、引き続き尋問している」
私が深呼吸を繰り返す間に、兄が状況を教えてくれた。
犯人はブラック・シャドウ……!
なるほど。
動機は明白だ。しかし丸腰の令嬢を狙うなんて、悪質だわ!
「幸い、そいつがブラック・シャドウの本拠地となるアジトの場所を白状した。今、王立ブルー騎士団と王立警備隊が連携し、部隊を派遣している。これで一網打尽にできるだろう。こっそり我が家の私兵も送り込んでおいたから、幹部の一人や二人の首はとれるはずだ」
父親がなんだか物騒なことを言っているのでドキッとしつつ、なぜそんなにあっさり、逮捕された男が白状したのかが不思議だった。それについて尋ねると……。
「カルヴィンの従者は、只者ではなかった。遊学先にも同行していたし、身のこなしが軽く、運動神経もいいと思っていたら……。砂漠の国の、元傭兵ギルドの人間だった。裏家業の人間でさえ、震撼させるギルドだ。一度ターゲット認定されたら、地の果てまで追われる。しかも死ぬまで追い続けるというその執念深さで恐れられていた。逮捕された男も、従者が何者であるか分かり、あっさり白状したわけだ。全くカルヴィンは、とんでもない逸材を従者にしている」
兄の言葉に、カルヴィンの従者のことを思い出す。柔らかいブラウンの髪によく日焼けした肌をして、黒い瞳が印象的だった。まさか砂漠の国の元傭兵ギルドの一員だったなんて! でもおかげでブラック・シャドウを殲滅できるなら、それに越したことはない。
というか、今はそれよりも、カルヴィンよ!
私のことを身を挺して守ってくれた、この世界の推し!
「カルヴィン様に会いたいのですが!」
「そう言うと思ったよ。案内する。急がなくても奴は逃げないから、大丈夫だ。まずはその寝間着を着替えようか。ここは病院だ」
兄に言われ、自分が病院にいたのかと、改めて理解することになった。
「侍女にドレスを持参させているわ。一緒に着替えましょう」
母親の声に、部屋に侍女が入って来た。
私と一緒にいた侍女とは違う。
「あの、私と一緒にいた侍女は、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。別室で休んでいるわ。あなたが気絶した後も、病院までちゃんと付き添い、さっきまでここにいたのよ。でも私たちが到着したから、休んでもらったの。安心なさい」
こうして母親が屋敷から連れてきた侍女に、ドレスに着替えせてもらった。
その間、母親が話して聞かせてくれた。王都警備隊が、我が家を訪ねて来た時のことを。
私が気絶し、カルヴィンが刺されたと知らされた両親は、もう大変だった。
「ロードリッヒはまだ入浴もせず、執務をしていたから、落ち着いて対処できたわ。でもお父さんは……。入浴していたのに飛び出てきて、もうビックリ。でもお母さんもね、既に入浴を終えて、寛いでいたから。着替える時間が惜しくて、飛び出して来ちゃったのよ」
「驚かせてしまい、ごめんなさい、お母様」
「いいのよ、エリノア。あなたが無事だったのだから。……それにカルヴィン様も。それにしてもカルヴィン様は……」
そこで母親は困ったように、声を潜めた。
どうしたのかと思い、尋ねると……。
「ナイフはね、隊服の上衣の内ポケットに入れてあった、銅レリーフに刺さっていたそうよ。しかもその銅レリーフ、傷がつかないようにするためなのかしらね? 鉄のプレートで包んであったそうなの。結構の重さだろうに、それを上衣の内ポケットにいれているなんて、驚きよね? しかも……」
ここで母親は、私の耳に顔を近づけ、内緒話で教えてくれた。
「その銅レリーフにはね、どうも女性の姿が浮き彫りになっていたそうよ。それがエリノアそっくりだって聞いたわ。見せていただこうかと思ったけれど、プライバシーに関わることでしょう? それにあなたを救った英雄なのに。そんな物を大切に胸に潜ませているなんて、ねぇ?」
「ち、違うのです、お母様!」
私の推しが、変態認定されそうになっている……!
ドレスに着替えながら、誤解を解くことになった。
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続きは本日、19時までに『悪役令嬢は恩人の誤解を解く』を公開します。
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