悪役令嬢は食べる気満々
宮殿から馬車で十五分の場所に、そのレストランはあった。
レンガ造りの素敵な三階建ての建物で、通りに面した窓からは、楽しそうに食事をする貴族の姿が見えている。その表情は、食事をしている相手との会話を満喫しているのは勿論、料理に満足している様子が伺えた。
店に入ると、スタッフはカルヴィンを見て、彼のそばにまで飛んできた。
「カルヴィン上級指揮官! お越しいただけるとご連絡をいただければ、お迎えしましたものを! すぐにお席へご案内します」
どうやらカルヴィンはこのお店の常連であり、上客のようだ。店内は大混雑なのに、待つことなくそのまま、三階の個室へと案内されたのだ! その個室は、特別な客を案内できるようにしている模様。そもそも三階は一階や二階と比べ、廊下も静かで落ち着いた雰囲気だ。
通された個室は、廊下と同じ、間接照明。向かい合わせで配置された椅子とテーブルが、ほのかな明かりに浮かび上がっている。重厚なカーテン、花瓶に生けられた深みのある赤いバラ、ゆらゆらと揺れるキャンドル。とてもムードがある。
着席するとカルヴィンは、窓の外を見るよう勧めてくれた。
なんだろうと窓から外を見て「あっ!」と声をあげてしまう。そこには、王都で三番目の高さと言われる、時計台が見えていた。その時計台は、夜でも住人が時間を確認できるよう、時計の裏側を明かりで照らしていた。それがバッチリ見えている。
「時計台の上には、有事の狼煙台があることを知っているかな、エリノア嬢」
「はい。王都への何者かの侵入があった時や災害が起きた時、灯される狼煙ですよね」
「そう。王立ブルー騎士団の騎士は、可能な限り気にするよう、求められていることがある。任務がない時でも。それは、時間と有事の狼煙台だ。ここのレストランは三階席があり、店内にいても、こうやってその二つがバッチリ見える。料理の味がいいというのもあるが、いざという時にもすぐ動けるから、重宝しているというわけだ」
これを聞くと、王立ブルー騎士団の騎士は大変!と思ってしまう。災害は起きるかもしれない。でもここは乙女ゲームの世界であり、平和が大前提。王立ブルー騎士団が、血を流すような侵略はない……ということをカルヴィンに伝えられないのが残念だ。
「さて。うんちくはこれぐらいで。エリノア嬢、さあ、何を食べる?」
カルヴィンが笑顔でメニューブックを私に渡してくれる。
パラパラとめくって確認したが、どの料理も美味しそうだった。これだったらコースで頼んでもハズレがなさそうだ。カルヴィンとも話し、料理は単品ではなく、コースでオーダーすることにした。
肉料理、魚料理、デザートをそれぞれ選び、注文を通すと、カルヴィンはこんな素敵な情報を教えてくれる。
「ベーカリーショップを併設しているぐらいだ。パンは食べ放題で、スタッフが籠に焼き立てパンを入れ、持ってきてくれる。そこから食べたいパンを選べるが……。つい、パンを食べ過ぎると、メイン料理がきつくなる。それにこのレストランは、コース料理のデザートの後に、別のお楽しみがある」
「え、そうなのですか?」
「どんなお楽しみかは秘密だ。ただ、エリノア嬢がスイーツ好きであるならば。パンはほどほどに。最後の最後まで、お腹に余力を残すといいいだろう」
これは期待が高まる。そしてカルヴィンは、私のお腹の余力について心配してくれたけど……。
実はさっきレストルームに行った際、侍女を呼び、下着の一部を外し、物理的に余力を作ってある。だからパンはある程度食べても……。いや、ボリュームのあるドレスのスカートゆえ、ぽっこりお腹になっても隠せるかもしれない。でもあまりはしたないことはできない! なにせ私は公爵家の令嬢なのだから。
無理はできない……と思っているのだけど、前菜が出されたその時から、パンの誘惑が始まった。
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続きは本日、19時までに『悪役令嬢は最後のお楽しみを満喫』を公開します。
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