悪役令嬢は思い出す
「エリノア嬢は心優しい方です。王妃に頼まれ、デンバー男爵令嬢のマナーの間違いを指摘する時も、なるべく穏便にされようとしていました。今回、死刑を望まなかったのも、エリノア嬢らしい判断かと思います。そして鉱山の労働は過酷ですし、危険も伴うもの。命を失うリスクだってあるのですから。そこでゲース殿下は鉱夫として働き、デンバー男爵令嬢は水やり女に従事するのです。十年、生存できるか、というぐらい辛い労働ではないかと」
「……そうは言われると、確かにそうだな。うむ。仕方ないがこれで許してやるか」
カルヴィンは正論を並べただけで、こういう時のアンタッチャブルな父親なら、いろいろ反論をしそうなものなのに。なんだかんだで父親は、カルヴィンに一目を置いている。それはカルヴィンの普段の言動が上級指揮官の名に恥じないものであり、かつ私を何度となく助けていることも知っているから……。
それだけではない。カルヴィンは何というか、人の懐に入り込むのがうまいと思う。父親だけではなく、母親だって今やカルヴィンを、もう一人の息子のように可愛がっていた。
私からしても、カルヴィンは特別な存在。
それは推しである――ということもあるのだけど、カルヴィンだけは、私に「おーほっほっ」を求めないのだ。
ゲームをプレイしていた時、兄は文字のみ、カルヴィンに至っては登場していなかった。学園でのカルヴィンとの出会いのエピソードは、あくまでこの世界で知った情報。ある意味カルヴィンは、悪役令嬢であるエリノアとは、無関係なのだ。ゆえに、私に悪役令嬢らしさを求めないのかもしれない。
悪役令嬢と言えば。
私がなかなか悪役令嬢からお役目御免にならない理由。
それがゲースがヒロインに攻略されているのに、浮ついた気持ちを持っていることに起因するなら。もはやゲースも、年貢の納め時になったのだ。今となってはカーミランと結ばれる以外の道が、ゲースには残されていない。
ならばいよいよ私の悪役令嬢としての役目も、終わりでは?
おーほっほっも卒業できるのでは!?
私がそんなことを思っていると、父親は呟く。
「女狐と殿下は仕方ない。鉱山で目をつむる。だが実行犯の方は、極刑を下してもらわんとな」
実行犯。
時を同じくして、ブラック・シャドウの実行犯もすべて捕まり、牢獄に収監されている。ただ、表向きの罪は窃盗、強盗、放火など、私以外の事件である。ブラック・シャドウのメンバーだけに、問える罪は、山ほどあった。私の事件を出すまでもなく、極刑が課せられることだろう。この後、裁判も行われることになる。
そうこうしていると、エントランスホールに到着し、馬車が来るのを待つことになった。
カルヴィンは兄夫婦から夕食に招待されているということで、屋敷へ帰ると聞いていた。だが屋敷からやってきた従者と話をしたカルヴィンは、こんな相談を父親に持ち掛けた。
「今日はこの後、兄夫婦の屋敷で、夕食の予定でした。ですが子供達が熱を出したそうで、病気を自分にうつすようなことがあってはいけないと、キャンセルになりました。そこで急な提案となり、恐縮なのですが、エリノア嬢を夕食にお連れしても、よろしいでしょうか? というのも実は自分、エリノア嬢とした約束を、果たしていないのです」
カーミランが罪を激白することになった王妃とのお茶会。
まだカーミランが自身の罪について話す前、私はテーブルに並べられたスイーツを見て、恥ずかしながら、生唾を呑み込んでいた。というのも、王妃とは何度かお茶会をしており、そこで用意されるスイーツは、どれも美味しいことを覚えていたからだ。
私のその様子に気づいたカルヴィンは、上官らしく、こんな言い方をした。
――「……そんなに腹を空かせているなら、任務の後に、レストランへ案内してやろう。王室へ毎朝焼き立ての食パンを献上している、ベーカリーに併設されたレストランだ」
これには脳内で「わーい」と万歳をしていた。
だが王妃のお茶会の後は、カーミランが語ったことを、公式の記録として残すわけではないが、カルヴィンは王立ブルー騎士団の団長に、私は父親へ報告する必要があった。
とても落ち着いてレストランで食事をしているどころではない。
その翌日はカルヴィンは夜間任務につき、さらにその翌日は女性用乗馬服の発売記念パーティーが我が家で開催だった。そして至る現在。
カルヴィンは約束を忘れず、父親の許しがでれば、このまま私をレストランへ案内したいと申し出たわけだ。
「なんと。カルヴィン殿が案内するレストランであれば、間違いなさそうだ。きっと美味しいお店だろう。エリノア、案内してもらうといい」
「そうさせていただきますわ、お父様。カルヴィン様、約束を覚えていてくださり、光栄です。ぜひ案内してください」
こうして父親は屋敷へ戻り、私は侍女を連れ、カルヴィンの家の馬車に乗り込んだ。
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