悪役令嬢は可愛くなりたい
電撃的な婚約解消から一週間。
両親はこの婚約解消を驚いていたが、ゲームのシナリオ通りの進行だからだろうか? 「じゃじゃ馬めが、仕方ない」とばかりに受け止め、特にうるさく言うことはない。父親は既に例の女性用乗馬服のことに夢中になっており、それどころではない――というのもあると思う。
一方の私は、悪役令嬢としての役目も果たしたのだ。今後はシナリオの強制力からも解放され、自由に生きられると思っていた。何より、あの「おーっほっほっ」という高笑い。あれは、悪役令嬢エリノアのトレードマークでもあったが、実際にやると、大変恥ずかしい!
想像してみてほしい。前世日本人でいきなり転生し、人前で高笑いをすることを。
ということで、この高笑いともこれでおさらば。悪役令嬢は卒業。今日から私は愛され元悪役令嬢として、可愛らしく生きる。
そう決めたのだ。
というわけで王妃に呼ばれたお茶会に出席するため、フリル満点のピンク色のドレスを着るつもりだと、メイドに伝えると……。
「え、それ、おかしくないですか? お嬢様の体型でこのフリルは違うと思います。せっかくのナイスバディが生かされません。やはり、お嬢様はこちらでないと」
当たり前のように原色赤のドレスが用意される。というか、メイドからこんな指摘を受けるとは。
私、もう悪役令嬢ではないから、そーゆうドレスはいいのですが……。
「赤はちょっと……。王妃殿下のお茶会なのだから、このピンクを……」
「こんな子供じみたピンクの、フリルびらびらのドレスで、王妃殿下のお茶会に参加したことが知れ渡ったら、末代までの恥となりますよ、お嬢様! それで、よろしいのでしょうか? 筆頭公爵家の令嬢として」
さすが悪役令嬢エリノアのメイド。打たれ強く、強引で、そこはエリノアに引けをとらない。高飛車エリノアのメイドをやっているぐらいなのだ。それぐらいではないと務まらないのだろう。
というわけで結局、メイドが用意したドレスを着ることになる。つまりどこからどう見ても悪役令嬢なエリノアの姿で、馬車に乗ることになった。
しかし。
なぜ元婚約者のゲースの母親である王妃のお茶会に、呼ばれたのかしら? 婚約解消の手続きで王宮へ行った時、すっと招待状を彼女のメイド長から手渡されたわけだけど……。
そこでゲーム内に登場した王妃のことを思い出そうとするが、正直、記憶にない。背景にモブ的な立ち位置で描かれていたぐらいで、本編に関わらないから、どんな人物がよく分かっていなかった。分かっていないと言うか、一通りの情報は、エリノアの記憶が脳の中で融合している。だから経歴書的な情報は把握しているものの……。エリノアと深い関りがあったのかしら?
ともかく王宮の、案内された部屋で待つと、そこに王妃がやって来た。
案内された部屋は黄金の装飾品が多く、シャンデリアも大きく、大変豪勢ではあったが、それに負けないぐらい、王妃はゴージャス。そのメリハリのある体型は、まさにエリノアと同じ。さらにブロンド巻き毛といい、エリノアと同じ藤色の瞳といい、似ている。何が似ているって、オーラが。存在感が。王妃……というより女帝、女王様、という感じだった。
「エリノア公爵令嬢。よく来てくれたわ。……ごめんなさいね、うちの我が儘息子のおかげで、ご迷惑をおかけてしまい」
ロイヤルブルーのドレスを着た王妃はそう言いながら、私に着席するように促した。
なんだかフレンドリーで怖い感じはしない。
ソファに王妃と私が着席すると、ローテーブルに用意されていたティーカップに、紅茶が注がれる。ズラリと並んだお菓子は、宝石のように色とりどりで、見た目にも美しい。
「今日、エリノア公爵令嬢を呼んだのは、愚痴りたかったの」
これには「え?」と驚く。
「あなたと婚約を解消したゲースは、あの芋臭い男爵令嬢と婚約したでしょう。ゲースは第三王子で、王族よ。そのゲースと婚約したなら、あの男爵令嬢に、王族としての素養があるのか、見ることになるわ。教養、マナー、ダンス、乗馬、刺繍……とにかくちゃんと資質があるのか、妃教育に耐えうるのか見たけれど……。ダメね、あの子は」
王妃はヒロインに容赦ない。
そこで思い出す。エリノアの記憶を。
王妃とはこんな感じでお茶をしたことが、婚約者になってすぐの頃に、あったのだ!
――「あなたには、王族になりうる資質があるわ。とにかく妃教育をがんばりなさい。ゲースと結婚し、王族の一員となるまで、わたくしからとやかくあなたに何か言うことはないですから、ご安心なさい」
そう、王妃から言われていた。
そうか。王妃とは深い関りがないと思ってしまったが、そうではなかったのだ。信頼されていたから、干渉されず、見守られていたのだろう。ゲースと婚約解消となったが、王妃は別に、私のことが嫌いではない。むしろ認めていたから、こうやって呼んでくれたのだろう。
「しかもちょっと注意すると、泣くでしょう。そしてゲースに言いつけるのよ。王妃様からいじめられたって。嫌になっちゃうわ。きっとあなたの時も、こんな感じだったのでしょう?」
さらに理解する。なるほど。王妃は現在、私の代わりなのだ。甘えん坊カーミランからすると、厳しい王妃は怖い存在。ゲースに泣きつき、かまってちゃん全開なのだろう。
「おっしゃる通りです、王妃殿下。ですがわたくしはそれでも縁が切れましたけど、王妃殿下はこれからも苦労が続きそうですね」
「そうなのよ。しかもあの子、地方領から来たから、乗馬が得意かと思ったけど、全然ダメなのよ。『馬は大きくて乗るのが怖いですぅ~』って」
まー、ヒロインですからね。愛らしさが売り。乗馬はできずとも、ダンスができれば、攻略対象の好感度は上がるから。
「そういえば王妃殿下は、乗馬がお好きなんですよね?」
「ええ。わたくしはね、こう見えて、昔は女騎士になりたいと思っていたのよ!」
「そ、そうなのですか!?」
お読みいただき、ありがとうございます!
続きは明日、13時までに『悪役令嬢は卒業できない』を公開します。
年始で皆様お忙しいと思うので、ご都合のあうタイミングでご覧いただけると幸いです~